債権法改正 要綱仮案 情報整理

第33 賃貸借

4 不動産賃貸借の対抗力、賃貸人たる地位の移転等(民法第605条関係)

 民法第605条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。
(2) 不動産の賃借人が当該不動産の譲受人に賃貸借を対抗することができるときは、当該不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。
(3) (2)の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及び当該不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。
(4) (2)又は(3)後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
(5) (2)又は(3)後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、7(1)に規定する敷金の返還に係る債務及び民法第608条に規定する費用の償還に係る債務は、譲受人又はその承継人に移転する。

中間試案

4 不動産賃貸借の対抗力,賃貸人たる地位の移転等(民法第605条関係)
  民法第605条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができるものとする。
 (2) 不動産の譲受人に対して上記(1)により賃貸借を対抗することができる場合には,その賃貸人たる地位は,譲渡人から譲受人に移転するものとする。
 (3) 上記(2)の場合において,譲渡人及び譲受人が,賃貸人たる地位を譲渡人に留保し,かつ,当該不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは,賃貸人たる地位は,譲受人に移転しないものとする。この場合において,その後に譲受人と譲渡人との間の賃貸借が終了したときは,譲渡人に留保された賃貸人たる地位は,譲受人又はその承継人に移転するものとする。
 (4) 上記(2)又は(3)第2文による賃貸人たる地位の移転は,賃貸物である不動産について所有権移転の登記をしなければ,賃借人に対抗することができないものとする。
 (5) 上記(2)又は(3)第2文により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは,後記7(2)の敷金の返還に係る債務及び民法第608条に規定する費用の償還に係る債務は,譲受人又はその承継人に移転するものとする。

(注)上記(3)については,規定を設けない(解釈に委ねる)という考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,まず,民法第605条の「その後その不動産について物権を取得した者」という文言について,「その他の第三者」を付加するとともに,「その後」を削除するものである。同条の規律の対象として,二重に賃借をした者,不動産を差し押さえた者等が含まれることを明確にするとともに,「その後」という文言を削除することによって賃貸借の登記をする前に現れた第三者との優劣も対抗要件の具備の先後によって決まること(最判昭和42年5月2日判時491号53頁参照)を明確にするものである。また,本文(1)では,同条の「その効力を生ずる」という文言を「対抗することができる」に改めている。これは,第三者に対する賃借権の対抗の問題と,第三者への賃貸人たる地位の移転の問題とを区別し,前者を本文(1),後者を本文(2)で規律することによって,同条の規律の内容をより明確にすることを意図するものである。
 本文(2)は,民法第605条の規律の内容のうち賃貸人たる地位の移転について定めるものであり,賃貸人たる地位の当然承継に関する判例法理(大判大正10年5月30日民録27輯1013頁)を明文化するものである。なお,本文(2)は,所有者が賃貸人である場合が典型例であると見て,その場合における当該所有権の譲受人に関する規律を定めたものであるが,地上権者が賃貸人である場合における当該地上権の譲受人についても同様の規律が妥当すると考えられる。
 本文(3)は,賃貸人たる地位の当然承継が生ずる場面において,旧所有者と新所有者との間の合意によって賃貸人たる地位を旧所有者に留保するための要件について定めるものである。実務では,例えば賃貸不動産の信託による譲渡等の場面において賃貸人たる地位を旧所有者に留保するニーズがあり,そのニーズは賃貸人たる地位を承継した新所有者の旧所有者に対する賃貸管理委託契約等によっては賄えないとの指摘がある。このような賃貸人たる地位の留保の要件について,判例(最判平成11年3月25日判時1674号61頁)は,留保する旨の合意があるだけでは足りないとしているので,その趣旨を踏まえ,留保する旨の合意に加えて,新所有者を賃貸人,旧所有者を賃借人とする賃貸借契約の締結を要件とし(本文(3)第1文),その賃貸借契約が終了したときは改めて賃貸人たる地位が旧所有者から新所有者又はその承継人に当然に移転するというルールを用意することとしている(本文(3)第2文)。もっとも,賃貸人たる地位の留保に関しては,個別の事案に即した柔軟な解決を図るという観点から特段の規定を設けずに引き続き解釈に委ねるべきであるという考え方があり,これを(注)で取り上げている。
 本文(4)は,賃貸人たる地位の移転(当然承継)を賃借人に対抗するための要件について定めるものであり,判例法理(最判昭和49年3月19日民集28巻2号325頁)を明文化するものである。
 本文(5)は,賃貸人たる地位の移転(当然承継)の場面における敷金返還債務及び費用償還債務の移転について定めるものである。敷金返還債務について,判例(最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)は,旧所有者の下で生じた延滞賃料等の弁済に敷金が充当された後の残額についてのみ敷金返還債務が新所有者に移転するとしているが,実務では,そのような充当をしないで全額の返還債務を新所有者に移転させるのが通例であり,当事者の通常の意思もそうであるとの指摘がある。そこで,上記判例法理のうち敷金返還債務が新所有者に当然に移転するという点のみを明文化し,充当の関係については解釈・運用又は個別の合意に委ねることとしている。費用償還債務については,必要費,有益費ともに,その償還債務は新所有者に当然に移転すると解されていることから(最判昭和46年2月19日民集25巻1号135頁参照),この一般的な理解を明文化することとしている。

赫メモ

 中間試案からの変更はない(中間試案概要、参照)。

現行法

(不動産賃貸借の対抗力) 
第605条 不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=賃貸人,B=賃借人)
[第三者に対する対抗]
@ 【賃貸借契約の締結と所有権の移転との優劣は対抗要件の先後で決まる】最高裁昭和42年5月2日判時491号53頁
  Aは,すでにCに対して売渡担保として譲渡した建物αについて(ただし,Cへの移転登記は1月25日),Bとの間で賃貸借契約を締結してBに対して引き渡した。
  Bは,1月1日にAからαを賃借して引渡しを受けた旨及び当時Cはαの所有権取得登記をしていなかった旨を主張するものであることが認められ,Cがαの所有権取得登記をしたのが1月25日であることは原判決の適法に確定するところであるから,もし,Bの主張するαの賃借,引渡しの事実が認められるとすれば,Bは,賃借引渡後に所有権取得登記をしたCに対して,賃借権をもって対抗することができる。

A 【賃借人が対抗要件を具備している場合に,賃貸人が契約の目的物を第三者に譲渡したときは,賃貸借契約関係は当然に新所有者に移転し,旧所有者は契約から離脱する】大審院大正10年5月30日・民録27輯1013頁
  Aは,Bに建物所有目的で土地αを賃貸していたが,Cに対して土地を譲渡した後,Bに対して賃貸借契約の解約申入れをした。
  民法605条は物権を取得した第三者にもその債権的効力を及ぼす趣旨であり,賃貸人が賃貸借契約の目的物を第三者に譲渡したときは,旧所有者・賃借人の契約関係は当然に新所有者に移り,新所有が契約上の地位を承継し,旧所有者は全然関係から脱退し,旧所有者は契約関係について何らの利害関係を有しないことになる。

[地位の移転]
@ 【賃借人が対抗要件を具備している場合に,賃貸人が契約の目的物を第三者に譲渡したときは,特段の事情がない限り,賃貸人の地位もこれに伴って第三者に移転する】最高裁昭和39年8月28日判決・民集18巻7号1354頁
  Aは,Bに賃貸し引き渡している家屋について,Cに譲渡した直後にBに対して家賃支払いの催告,解除をした。
  賃貸人が賃貸借継続中に建物を第三者に譲渡した場合,特段の事情のないかぎり,借地借家法31条の規定により,賃貸人の地位もこれに伴って第三者に移転する。AはBに対する関係において,解除権行使当時すでに賃貸人たる地位を失っていたことになるから,契約解除はその効力を有しない。

A 【土地の賃貸借契約における賃貸人の地位の譲渡により新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには,一般の債務引受と異なり,賃借人の承諾は不要である】最高裁昭和46年4月23日判決・民集25巻3号388頁
  AはBとの間で,A所有地を建物所有目的で賃貸する契約を締結したが,Bは建物を建築しなかった。Aは土地所有権をCに譲渡したが,AC間ではAの賃貸人たる地位をCが承継する合意がなされていた。
  土地の賃貸借契約における賃貸人の地位の譲渡は,賃貸人の義務の移転を伴なうものであるが,賃貸人の義務は賃貸人が何ひとであるかによって履行方法が特に異なるものではなく,土地所有権の移転があったときに新所有者にその義務の承継を認めることがむしろ賃借人にとって有利であるから,一般の債務引受の場合と異なり,新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには,賃借人の承諾を必要としない。

[賃借人に対する対抗]
@ 【賃借人が対抗要件を具備している場合,契約の目的物の譲渡を受けた第三者は所有権移転登記を経由しなければ,賃借人に対抗することができない】最高裁昭和49年3月19日判決・民集28巻2号325頁
  AがBに建物所有目的で土地を賃貸し,Bは建物登記を完了した。その後,土地所有権がC,Dと移転し,中間省略でA→Dの仮登記がなされた。DがBに対して地代不払いを理由として契約解除し,BはDの所有権取得を争っている。
  土地の賃借人としてその賃借地上に登記ある建物を所有するBは,土地の所有権の得喪につき利害関係を有する第三者であるから,民法177条の規定上,DはBに対し土地の所有権の移転につき登記を経由しなければこれをBに対抗することができず,したがって,賃貸人たる地位を主張することができない。

A 【賃借人が賃貸人たる地位が新所有者に移転した事実を認め,新所有者に対して承継後の賃料を支払う場合には弁済として有効であり,旧所有者は賃料の支払を妨げることはできない】最高裁昭和46年12月3日判決・判時655号28頁
  Aが所有する建物αをBが賃借し引渡しを受けていたところ,αについて昭和38年にCが代物弁済予約完結権を行使したが,AC間でその効力が争われ,BはAC間の紛争が解決するまで賃料の支払を留保していた。AC間ではCが所有権を有していることを前提とする裁判上の和解がなされ,BはCに対して昭和40年分の賃料を支払ったが,Aは未払賃料をDに譲渡した。(原審は,債権者の準占有に対する弁済として,Bの弁済を有効としている)
  譲受人がいまだその所有権移転登記を経由していないときは,同人は,賃借人に対して自己が所有権を取得し,賃貸人たる地位を承継したことを主張しえないものと解すべきであるが,逆に,賃借人がこの事実を認め,譲受人に対して承継後の賃料を支払う場合には,賃料の支払は,かりに承認前に遡って賃料を支払う場合においても,なお債権者に対する弁済として有効であり,譲渡人は,賃借人に対し,賃料の支払を妨げることができないものといわなければならない。本件では,昭和38年以後のαの賃料債権は,他に特段の事情の認められない本件においては,Cが取得していたものであり,BはCに対して債務を認めてこれを支払ったものというべきであるから,Cの賃料の支払は,債権者に対する弁済として有効であり,賃料債権は消滅した。原判決中,賃料の支払を債権の準占有者に対する弁済として有効と認めた点は,法令の解釈適用を誤ったものというべきであるが,弁済は有効であって,本訴請求権が,その譲渡通知前に消滅した旨の原審の判断は相当である。

[賃貸人たる地位の留保]
 【賃貸人の地位を旧所有者に留保する合意があっても,この合意に従って法律関係を認めることはできない,とされた事例】最判平成11年3月25日判決・判時1674号61頁
 Aの建物をBが賃借し引渡しを受けた。建物の所有権は,A→C(共有持分権者)→D(信託会社)と移転したが,賃貸人たる地位はAに留保し,D→E(リース会社)→Aの賃貸借契約が締結された。BはAに対して賃料を支払っていたが,退去し,Dに対して敷金の返還を求めた。
 賃貸人が賃貸借継続中に建物を第三者に譲渡した場合,特段の事情のないかぎり,借地借家法31条の規定により,賃貸人の地位もこれに伴って第三者に移転する(イ判例B)が,新旧所有者間において,従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても,これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。なぜなら,新旧所有者間の合意のみによって,建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり,旧所有者がその責めに帰すべき事由によって建物を使用管理するなどの権原を失い,建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には,その地位を失うに至ることもあり得るなど,不測の損害を被るおそれがあるからである。もっとも,新所有者のみが敷金返還債務を履行すべきものとすると,新所有者が無資力となった場合などには,賃借人が不利益を被ることになりかねないが,このような場合に旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは,賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべき問題である。上記事実関係だけでは,特段の事情がなく,賃貸人たる地位は,AからDに移転したと解される。