債権法改正 要綱仮案 情報整理

第33 賃貸借

7 敷金

 敷金について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 賃貸人は、敷金(いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この7において同じ。)を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき、又は賃借人が適法に賃借権を譲渡したときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
(2) 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭債務を履行しないときは、敷金を当該債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金を当該債務の弁済に充てることを請求することができない。

中間試案

7 敷金
 (1) 敷金とは,いかなる名義をもってするかを問わず,賃料債務その他の賃貸借契約に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に対して交付する金銭をいうものとする。
 (2) 敷金が交付されている場合において,賃貸借が終了し,かつ,賃貸人が賃貸物の返還を受けたとき,又は賃借人が適法に賃借権を譲渡したときは,賃貸人は,賃借人に対し,敷金の返還をしなければならないものとする。この場合において,賃料債務その他の賃貸借契約に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭債務があるときは,敷金は,当該債務の弁済に充当されるものとする。
 (3) 上記(2)第1文により敷金の返還債務が生ずる前においても,賃貸人は,賃借人が賃料債務その他の賃貸借契約に基づいて生じた金銭債務の履行をしないときは,敷金を当該債務の弁済に充当することができるものとする。この場合において,賃借人は,敷金を当該債務の弁済に充当することができないものとする。

(概要)

 本文(1)は,敷金(民法第316条,第619条第2項参照)の意義を判例(大判大正15年7月12日民集5巻616頁等)や一般的な理解を踏まえて明確にするものである。
 本文(2)は,敷金返還債務が生ずる時期を明確にするものである。判例(最判昭和48年2月2日民集27巻1号80頁)は,賃貸借が終了し,かつ,目的物が返還された時に敷金返還債務が生ずるとしている。また,賃借人が適法に賃借権を譲渡したときも,賃貸人と旧賃借人との間に別段の合意がない限り,その時点で敷金返還債務が生ずると考えられる(最判昭和53年12月22日民集32巻9号1768頁参照)。そこで,本文(2)では,これらの理解を明文化することとしている。
 本文(3)は,敷金返還債務が本文(2)第1文により具体的に生ずる前における敷金の充当に関する規律について定めるものであり,判例法理(大判昭和5年3月10民集9巻253頁)を明文化するものである。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案概要のとおりである(中間試案(2)後段及び(3)では、「弁済に充当」という文言が使われていたが、民法では「充当」の語が弁済を債権に充当する場面で用いられていることから、要綱仮案では、これと区別した表現に改めたものである。部会資料81-3、14頁。)。

現行法


斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=賃貸人,B=賃借人)
@ 【敷金は,契約終了時において,賃借人の債務不履行がないときは返還し,不履行があるときは当然に弁済に充当されることを約して授受される金銭である】大審院大正15年7月12日判決・民集5巻616頁
  AがBに賃貸していた建物について,賃借人らが敷金との未払い賃料との相殺を主張した。
  敷金は,賃借人がその債務を担保する目的をもって金銭の所有権を賃貸人に移転し賃貸借終了に際して,賃借人の債務不履行なきときは賃貸人はその金額を返還し,不履行あるときはその金額中より当然弁済に充当されることを約束して授受される金銭なりと解すべきであり,賃貸借終了の際に賃料の遅滞あるときはその賃料は当然に敷金中より弁済に充当され,賃借人に債務不履行ないことを条件として敷金の返還請求権を有するものである。それゆえ,賃借人に賃料の延滞がある場合,弁済期の順序によって当然に消滅するものであり,賃借人は延滞賃料との相殺を主張することはできない。

A 【同上】大審院昭和18年5月17日判決・民集22巻373頁
  AがBに対して賃貸していた建物αについて,Bが敷金1700円を差し入れていたところ,Bは賃料4200円の遅滞があった。αが公売となりCがαの所有権を取得したが,その後,DがAのBに対する未払い賃料の譲渡を受け,Bに対して支払いを求めた。
  敷金は,賃貸借終了の際に賃借人の債務不履行なきときは賃貸人はその金額を差し入れた人に返還し,又は不履行あるときは当然弁済に充当されることを約束して授受される金銭なりと解すべきものにして,建物の賃貸借が借地借家法32条1項により建物の新所有者との間に効力を生じるときは,旧所有者は当該賃貸借契約より脱退する結果旧所有者と賃借人間の賃貸借関係は終了し,その際における旧所有者に対する延滞賃料は資金の存する限りに特別の意思表示を要せずに当然に充当され,その限度内において当然に消滅に帰するものである。

B 【敷金は,賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保し,賃貸借契約終了後,明渡しがなされたときに被担保債権を控除し残額があることを条件として,残額について返還請求権が発生するものである】【賃貸借契約中に賃貸借の目的物の所有権が譲渡され,新所有者が賃貸人たる地位を承継する場合には,敷金に関する権利義務も当然に新所有者に承継される】最高裁昭和48年2月2日判決・民集27巻1号80頁
  AがBに賃貸していた家屋αの所有権が競売によりA´に移転し,A´のもとで契約が終了したが,Bがαを明け渡さないまま,A´は,Bに対する損害賠償請求権及び担保としての敷金をCに譲渡し,Bに対して通知したが,Bの承諾を得てない。CがBを提訴したところ,DがBに対する強制執行として,敷金を差し押え,添付命令を得た(第三債務者A´)。その後,BC間で裁判上の和解が成立し,Bの敷金とCが有する損害賠償請求権をチャラにして,Bがβを明け渡す和解が成立した。DのA´に対する取立訴訟。
  家屋賃貸借における敷金は,賃貸借存続中の賃料債権のみならず,賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が貸借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し,賃貸借終了後,家屋明渡がなされた時において,それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として,その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解すべきであり,本件賃貸借契約における前記条項もその趣旨を確認したものと解される。
  敷金は,右のような賃貸人にとつての担保としての権利と条件付返還債務とを含むそれ自体一個の契約関係であって,敷金の譲渡ないし承継とは,このような契約上の地位の移転にほかならないとともに,このような敷金に関する法律関係は,賃貸借契約に付随従属するのであって,これを離れて独立の意義を有するものではなく,賃貸借の当事者として,賃貸借契約に関係のない第三者が取得することがあるかも知れない債権までも敷金によって担保することを予定していると解する余地はない。したがって,賃貸借継続中に賃貸家屋の所有権が譲渡され,新所有者が賃貸人の地位を承継する場合には,賃貸借の従たる法律関係である敷金に関する権利義務も,これに伴い当然に新賃貸人に承継されるが,賃貸借終了後に家屋所有権が移転し,したがって,賃貸借契約自体が新所有者に承継されたものでない場合には,敷金に関する権利義務の関係のみが新所有者に当然に承継されるものではなく,また,旧所有者と新所有者との間の特別の合意によっても,これのみを譲渡することはできないものと解するのが相当である。このような場合に,家屋の所有権を取得し,賃貸借契約を承継しない第三者が,とくに敷金に関する契約上の地位の譲渡を受け,自己の取得すべき貸借人に対する不法占有に基づく損害賠償などの債権に敷金を充当することを主張しうるためには,賃貸人であった前所有者との間にその旨の合意をし,かつ,賃借人に譲渡の事実を通知するだけでは足りず,賃借人の承諾を得ることを必要とする。

C 【明渡しと同時に敷金が賃料債務に充当され賃料債務は消滅する】最高裁平成14年3月28日判決・民集56巻3号689頁
  BがAから建物αを賃借し引渡しを受けていたが,αに根抵当権を有するCが物上代位により家賃を差し押さえた。その後,賃貸借契約が終了し,Bはαを明け渡したが,明渡直前の2カ月分の家賃を支払っておらず,Bは敷金が充当されるとして,支払義務を争った。
  賃料債権等の面からみれば,目的物の返還時に残存する賃料債権等は敷金が存在する限度において敷金の充当により当然に消滅することになる。このような敷金の充当による未払賃料等の消滅は,敷金契約から発生する効果であって,相殺のように当事者の意思表示を必要とするものではないから,民法511条によって上記当然消滅の効果が妨げられないことは明らかである。また,抵当権者は,物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前は,原則として抵当不動産の用益関係に介入できないのであるから,抵当不動産の所有者等は,賃貸借契約に付随する契約として敷金契約を締結するか否かを自由に決定することができる。したがって,敷金契約が締結された場合は,賃料債権は敷金の充当を予定した債権になり,このことを抵当権者に主張することができるというべきである。以上によれば,敷金が授受された賃貸借契約に係る賃料債権につき抵当権者が物上代位権を行使してこれを差し押さえた場合においても,当該賃貸借契約が終了し,目的物が明け渡されたときは,賃料債権は,敷金の充当によりその限度で消滅するというべきであり,これと同旨の見解に基づき,Cの請求を棄却した原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。

D 【明渡しと敷金返還とは同時履行の関係には立たない】最高裁昭和49年9月2日判決・民集28巻6号1152頁
  AがBに賃貸していた家屋αの所有権が競売によりCに移転し,Cのもとで契約が終了したが,Bがαを明け渡さないため,CがBを提訴したところ,Bは,敷金返還と明渡しとの同時履行を主張した。
  敷金契約は,賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであって,賃貸借契約に附随するものではあるが,賃貸借契約そのものではないから,賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは,一個の双務契約によって生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず,また,両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても,両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは,必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたい。一般に家屋の賃貸借関係において,賃借人の保護が要請されるのは本来その利用関係についてであるが,当面の問題は賃貸借終了後の敷金関係に関することであるから,賃借人保護の要請を強調することは相当でなく,また,両債務間に同時履行の関係を肯定することは,家屋の明渡しまでに賃貸人が取得することのある一切の債権を担保することを目的とする敷金の性質にも適合するとはいえない。賃貸人は,特別の約定のないかぎり,賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく,したがって,家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり,このことは,賃貸借の終了原因が解除(解約)による場合であっても異なるところはない。

E 【賃貸人たる地位が移転した場合には敷金は未払賃料債務に当然に充当される】大審院昭和5年7月9日判決・民集9巻839頁
  AがBに賃貸して建物αについて,Bが敷金を差し入れていたところ,αが競売に付され買受人Cが現れたが,CはBが敷金を差し入れていた事実を知らなかった。
  BがAに差し入れた敷金については,Bに返還した又は延滞賃料に充当された等敷金の消滅を来せる事情の存せざる限り敷金関係も当然にCに移転したものとみなすを正当とする。これは,敷金の性質上当然の事理である。

F 【同上】最高裁昭和44年7月17日判決・民集23巻8号1610頁
  BがAから建物αを賃借し引渡しを受けていたが,αの所有権がA→Aの相続人→A´と移転し,A´は,Aの相続人所有の時期及びA´所有の時期に発生した家賃を請求した。Bは敷金をAに差し入れていた。
  敷金は,賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは,その弁済として当然これに充当される性質のものであるから,建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があった場合には,旧賃貸人に差し入れられた敷金は,賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され,その限度において敷金返還請求権は消滅し,残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。したがつて,当初の本件建物賃貸人Aに差し入れられた敷金につき,その権利義務関係は,同人よりその相続人に承継されたのち,本件建物を買い受けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人であるA´に,右説示の限度において承継されたものと解すべきであり,これと同旨の原審の判断は正当である。
  判例解説(昭和44年度49事件)には,「本判決は,賃貸不動産の所有権の移転があり,借地借家法31条1項などにより当該賃貸借が新所有者に対抗できる場合,新旧賃貸人の交代により旧賃貸人に差し入れられた敷金は,未払い賃料債務があればこれに当然に充当される。右の場合,敷金の残高は新賃貸人に承継される,という法理を明らかにしたもの」との記載がある(492頁)。

G 【賃貸人は賃貸借契約存続中であっても,敷金をもって未払い賃料の支払に充当することができる】大審院昭和5年3月10日判決・民集9巻253頁
  AB間の賃貸借契約について,CがBの保証人となっていたところ,AはCに対して,未払い賃料1400円の支払を求めた。Bは敷金として300円を差し入れていた。
  敷金は賃借人の賃料支払債務を担保するものに他ならないので,賃借人が賃料の支払を怠ったときは賃貸人は賃貸借契約存続中であっても敷金をもって支払いに充当することができ,賃貸借の終了をまって初めて延滞賃料の支払に充当すべきものではない。賃貸人は,賃貸借が賃料の支払を怠った場合であっても,敷金をもって支払に充当するか否かはその権利であるからたとえ賃借人が賃料の支払を怠ったときといえども賃貸人は敷金をもって支払に充当することなく賃料の支払を請求することができるのはいうまでもない。