債権法改正 要綱仮案 情報整理

第36 委任

3 委任契約の任意解除権(民法第651条関係)

 民法第651条第2項の規律を次のように改めるものとする。
 民法第651条第1項の規定による委任の解除が次のいずれかに該当するときは、その解除をした者は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
(1) 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任を解除したとき。
(2) 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき。

中間試案

5 委任の終了に関する規定
 (1) 委任契約の任意解除権(民法第651条関係)
   民法第651条の規律を維持した上で,次のように付け加えるものとする。
   委任が受任者の利益をも目的とするものである場合(その利益が専ら報酬を得ることによるものである場合を除く。)において,委任者が同条第1項による委任の解除をしたときは,委任者は,受任者の損害を賠償しなければならないものとする。ただし,やむを得ない事由があったときはこの限りでないものとする。

(概要)

 判例は,委任契約が受任者の利益をも目的とする場合には,委任者は原則として民法第651条に基づいて委任を解除することができないとする(大判大正9年4月24日民録26輯562頁)。しかし,委任者が解除権を放棄したものとは解されない事情がある場合には委任を解除することができ,ただし受任者は委任者に損害賠償を請求することができるとしており(最判昭和56年1月19日民集35巻1号1頁),結論的には,委任の解除を広く認めていると言われている。本文の第1文は,このような判例への評価を踏まえて,委任が受任者の利益をも目的とする場合であっても原則として委任を解除することができるが,委任者が解除をしたときは,受任者の損害を賠償しなければならないとするものである。
 また,判例は,委任が受任者の利益をも目的とする場合であっても,やむを得ない事情がある場合には損害を賠償することなく委任を解除することができるとしている(最判昭和56年1月19日民集35巻1号1頁)。そこで,このことを本文の第2文で明らかにし
ている。
 なお,判例は,委任が有償であるというだけではその委任が受任者の利益をも目的とするとは言えないとしている(最判昭和58年9月20日集民139号549頁)から,受任者の利益をも目的とするとは,受任者がその委任によって報酬以外の利益を得る場合である。本文の括弧内はこのことを明らかにするものである。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案概要のとおりである。

現行法

(委任の解除)
第651条 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【委任契約が受任者の利益をも目的とする場合には解除できない】大審院大正9年4月24日判決・民録26輯562頁
  BがAに対して債権の取立てを委任し,取立額の10%を報酬として支払い,その報酬とBのAに対する債権を相殺することを合意したが,Bがこの委託を解除した。
  民法651条1項は委任者の利益のみを目的とする場合に適用される規定であり,受任者の利益をも目的とする場合には,任意解除権を行使することはできない。なぜなら,いつでも解約できるとすると,受任者の利益が著しく害されるからである。

A 【委任契約が受任者の利益をも目的とする場合であっても,やむをえない場合には解除することができる】最高裁昭和40年12月17日判決・集民81号561頁
  BはAに委託して資産・負債整理をしてもらうために,Bの資産・負債をA名義に代えたところ,Aが誠実に事務を処理せず,負債の整理ができなかったため,Bが契約を解除した。
  本件委任契約のごとく単に委任者の利益のみならず受任者の利益のためにも委任がなされた場合であっても,委任が当事者双方の対人的信用関係を基礎とする契約であることに徴すれば,受任者が著しく不誠実な行動に出た等やむをえない事由がある場合には,委任者において委任を解除することができる。

B 【同上】最高裁昭和43年9月20日判決・判時536号51頁
  Aは,Aを含めたBの債権者らの了解を得てBを再建すべくBの経営一切の委託を受けたが,Bの経営を私物化するような行動に出たため,Bが契約を解除した。
  本件委任事務の処理は,委任者の利益であると同時に受任者の利益でもある場合にあたるものというべきである。そして,委任が当事者双方の対人的信用関係を基礎とする契約であることに徴すれば,受任者が著しく不誠実な行動に出た等やむをえない事由があるときは,委任者は民法651条に則り委任契約を解除することができる。

C 【受任者の利益を目的とする場合に,解除を認めたが,損害賠償義務ありとした事例】最高裁昭和56年1月19日判決・民集35巻1号1頁
  Aは,「手数料は無料,賃借人から預かっていた保管金880万円を年12%の金利で運用できること」を条件として,B所有のアパートの管理を受託していたところ,AB間で手数料を有償化するかどうかで揉めたため,Bが委任契約を解除した事例。
  委任者の利益のみならず受任者の利益のために委任がなされた場合であっても,委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものと解されない事情があるときには,契約を解除でき,ただ,受任者が不利益を受けるときには損害賠償を受けることによって補てんすれば足りる。
  判例解説(「S56年1事件」)には「受任者の利益は,委任者の利益に比すれば従たる利益にすぎない。しかし,本判決は,このような従たる利益であってもこれを無視すべきではなく,その確保のために解除を制限するのは行き過ぎであるとしても,解除による不利益は損害賠償によりてん補されるべき,というように,解除はみとめつつ他方で損害賠償を支払わせるという新しい解決手法を示した」旨の記載がある(16〜17頁)。

D 【受任者が報酬を受けているという事実をもって受任者の利益とはいえない】最高裁昭和58年9月20日判決・判時1100号55頁
  Bは税理士Aとの間の顧問契約を解除した。
  顧問税理士顧問契約において,依頼者たる被上告会社から継続的,定期的に支払われていた顧問料がAの事務所経営の安定の資となっていた等の事由も,これをもって受任者の利益に該当するものということはできない。