債権法改正 要綱仮案 情報整理

第37 雇用

1 報酬に関する規律(労働に従事することができなくなった場合等の報酬請求権)

 労働に従事することができなくなった場合等の報酬請求権について、次のような規律を設けるものとする。
 使用者の責めに帰することができない事由によって労働に従事することができなくなったとき又は雇用が履行の中途で終了したときは、労働者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。

中間試案

1 報酬に関する規律(労務の履行が中途で終了した場合の報酬請求権)
 (1) 労働者が労務を中途で履行することができなくなった場合には,労働者は,既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができるものとする。
 (2) 労働者が労務を履行することができなくなった場合であっても,それが契約の趣旨に照らして使用者の責めに帰すべき事由によるものであるときは,労働者は,反対給付を請求することができるものとする。この場合において,自己の債務を免れたことによって利益を得たときは,これを使用者に償還しなければならないものとする。

(注)上記(1)については,規定を設けないという考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,労働者が労務を中途で履行することができなくなった場合における労働者の報酬請求権の発生根拠について,民法第648条第3項を参照して,異論のない解釈を明文化するものである。もっとも,明文化に慎重な意見があり,これを(注)で取り上げている。
 本文(2)は,雇用に関して民法第536条第2項の規律を維持するものである。ただし,雇用契約においては,労務を履行しなければ報酬請求権が発生しないとされていることから,「反対給付を受ける権利を失わない」という同項の表現によっては,労務が現に履行されなかった部分についての報酬請求権の発生を基礎づけることができない。そこで,同項の表現を「反対給付を請求することができる」と改めることを提案している。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案(1)に関する中間試案概要のとおりである。なお、中間試案(1)では、「労務を履行することができなくなったとき」との表現が用いられたが、具体的にどのような場合がこれに含まれるのかをより明確にするため、要綱仮案では、「使用者の責めに帰することができない事由によって労働に従事することができなくなったとき又は雇用が履行の中途で終了したとき」との表現に改められた。「使用者の責めに帰することができない事由によって労働に従事することができなくなったとき」とは、当事者双方の責めに帰することができない事由によって履行不能となった場合及び労働者の責めに帰すべき事由によって履行不能となった場合を指すものである。また、「雇用が履行の中途で終了したとき」とは、契約期間の満了及び契約で定められた労務が終了した場合を除く原因によって雇用が終了した場合を指すものであり、具体的には、雇用が解除された場合や、労働者の死亡によって雇用が中途で終了した場合などがこれにあたると考えられる(以上につき部会資料81-3、22頁)。
 中間試案(2)では、民法536条2項の規律とは別に報酬請求権の発生根拠となる規定を設けることとしていたが、この規律によって請求することができる報酬の範囲が必ずしも明確ではないなどの問題もあることから、要綱仮案では、この規定は設けず、引き続き民法536条2項(要綱仮案第13、2)に委ねることとされた(部会資料81-3、22頁)。

現行法

(報酬の支払時期)
第624条 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。

(受任者の報酬)
第648条 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。
3 委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは、受任者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【使用者の帰責事由により労務の提供ができなかった場合には,労務を提供しなくても報酬請求権を失わない】大審院大正4年7月31日・民録21巻1356頁
  A社が社員Bの出社を拒絶した事案のようである。Bは,会社より出勤命令あり次第これに応じる準備をして,直ちに会社に通告している。
  いやしくも使用者の責めに帰すべき事由によって労働者が労務に服することができなくなるに至ったときは,民法536条2項の適用によって労働者はその約した労務を終わらなくても報酬を請求する権利を失わない。

A 【賞与支給に関する在籍要件が有効とされた事例】最高裁昭和57年10月7日判決・判時1061号118頁(大和銀行事件)
  A社の賞与は,夏は前年10月から3月までを,冬は4月から9月までをそれぞれ査定期間として,6月中旬,12月上旬に支給されていたところ,昭和54年5月に退職したBが夏と冬の賞与の支給を求めた。
  Aにおいては,年2回の決算期の中間時点を支給日と定めて当該支給日に在籍している者に対してのみ右決算期間を対象とする賞与が支給されるという慣行が存在し,その内容においても合理性を有するというのであるから,右事実関係のもとにおいては,Bは,Aを退職したのちである昭和54年6月15日,12月10日を支給日とする各賞与については受給権を有しないとした原審の判断は,結局正当として是認することができる。

B 【ストライキは帰責事由に該当せず,ストライキに参加した労働者は賃金債権を失う】最高裁昭和62年7月17日判決・民集41巻5号1530頁(ノース・ウェスト航空事件)
  労働者供給事業の形態による業務が行われているとの組合に指摘に対して,会社が労働者供給の形態によって運営されている部門を切り離す措置に出たところ,組合がストライキを行ったため,羽田空港発着便の便数が減少し,約1カ月間組合員に休業を命じた。
  労働者の一部によるストライキが原因でストライキ不参加労働者の労働義務の履行が不能となった場合は,使用者が不当労働行為の意思その他不当な目的をもってことさらストライキを行わせたなどの特別の事情がない限り,ストライキは債権者の責めに帰すべき事由に該当せず,不参加労働者は賃金債権を失う。

C 【解雇の場合にも労基法26条が適用され,解雇期間中に労働者が得た利益のうち使用者に償還される額は平均賃金の4割に留まる】最高裁昭和37年7月20日判決・集民61号737頁
  月給20,000円の労働者Bに対する無効と判断されたが,Bは,解雇された間,月額13,000円程度の報酬(月給の65%程度)を得る業務に従事していた。
  労基法26条は,民法536条2項の特別規定であって,労働者の労務の履行の提供を要せずして使用者に反対給付の責任を認めているものと解すべきであるから,解雇の場合に労基法26条の適用が適用される。Bが解雇期間内に他の職について得た利益はA社に償還すべきであるが,その償還の限度は平均賃金の4割にとどまる。