債権法改正 要綱仮案 情報整理

第13 危険負担

2 反対給付の履行拒絶(民法第536条関係)

 民法第536条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
(2) 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

中間試案

1 危険負担に関する規定の削除(民法第534条ほか関係)
 民法第534条,第535条及び第536条第1項を削除するものとする。

(注)民法第536条第1項を維持するという考え方がある。

2 債権者の責めに帰すべき事由による不履行の場合の解除権の制限(民法第536条第2項関係)
 (1) 債務者がその債務を履行しない場合において,その不履行が契約の趣旨に照らして債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは,債権者は,契約の解除をすることができないものとする。
 (2) 上記(1)により債権者が契約の解除をすることができない場合には,債務者は,履行請求権の限界事由があることにより自己の債務を免れるときであっても,反対給付の請求をすることができるものとする。この場合において,債務者は,自己の債務を免れたことにより利益を得たときは,それを債権者に償還しなければならないものとする。

(概要)

1 危険負担に関する規定の削除(民法第534条ほか関係)
(2 民法第536条第1項について)
  当事者双方の帰責事由によらない履行不能の場合に債務者の反対給付を受ける権利も消滅する旨を定める民法第536条第1項については,もともと同条が「前二条に規定する場合」以外の場面を対象としていることから,この規定を適用して処理される実例が乏しく,判例等も少ないことが指摘されている。その上,同条が適用されると想定される個別の契約類型において,危険負担的な処理をすることが適当な場面については,契約各則のパートにおいてその旨の規定を設けるものとされている(賃貸借につき,後記第38,10及び12。請負につき,後記第40,1。委任につき,後記第41,1。雇用につき,後記第42,1)。また,それ以外の同条第1項の適用が問題となり得る場面については,今回の改正により,履行不能による契約の解除の要件として債務者の帰責事由(同法第543条ただし書)を不要とする場合には(前記第11,1),債権者は契約の解除をすることにより自己の対価支払義務を免れることができる。そうすると,実際の適用場面を想定しにくい同法第536条第1項を維持して,機能の重複する制度を併存させるよりも,解除に一元化して法制度を簡明にする方がすぐれているように思われる。以上を踏まえ,同項は,削除するものとしている。他方,解除制度と危険負担制度とが併存する現行の体系を変更すべきでないとして,同項に定められた規律を維持すべきであるとの考え方があり,これを(注)で取り上げている。

2 債権者の責めに帰すべき事由による不履行の場合の解除権の制限(民法第536条第2項関係)
  本文(1)は,債権者の帰責事由による履行不能の場面に関する民法第536条第2項の実質的な規律を維持しつつ,民法第536条第1項を削除し解除に一元化すること(前記1)に伴う所要の修正を加えるものである。ここでは,債権者が解除権を行使することができないことの帰結として,現行法と同様に反対給付を受ける権利が消滅しないという効果を導いている。また,「債権者の責めに帰すべき事由」という要件の存否につき,契約の趣旨に照らして判断することを明示している。債権者の帰責事由がある場合に解除権を否定すべきことは,履行不能か履行遅滞かによって異なるものではないと解されることから,履行請求権の限界事由(不能)があるか否かは要件としていない。
  本文(2)は,本文(1)により債権者が契約を解除することができない場合に,債務者が履行請求権の限界により自己の債務を免れるときであっても,反対給付を請求することができる旨を規定するものであり,民法第536条第2項の規律を維持するものである。同項の「反対給付を受ける権利を失わない」との文言については,これによって未発生の反対給付請求権が発生するか否かが明確でないとの指摘があることを踏まえ,反対給付の請求をすることができるという規定ぶりに改めることとしている。債務者が自己の債務を免れた場合に,それにより得た利益を償還する義務を負うとする点は,同項後段を維持するものである。
  なお,本文(2)と同趣旨のルールが契約各則に設けられる場合には,それが優先的に適用される(賃貸借につき,後記第38,10。請負につき,後記第40,1(3)。委任につき,後記第41,3(3)。雇用につき,後記第42,1(2))。

赫メモ

 履行不能による契約解除に、債務者の帰責事由要件を不要とする考え方を前提とすると(要綱仮案第12、2についてのメモ、参照)、解除制度と危険負担制度が重複することとなるため、中間試案では、危険負担制度を単純に廃止し、債権者は契約の解除のみをすることができるものとされた。しかし、自己の帰責事由によらずに債務の履行が不能となった債務者は本来の債務も填補賠償の債務も全て履行する必要がなくなるのに、債権者は解除の意思表示を債務者に到達させなければ自己の反対給付債務を免れることができないこととなり、当事者間の公平を害する結果になりかねないとの指摘や、契約の解除には民法544条の解除権の不可分性などの独自の制限が存在するため、債権者にとっては契約の解除の制度があれば危険負担の制度はなくてもよいとは言い切れない面があるとの指摘がなされたことを踏まえ、要綱仮案(1)においては、当事者双方の帰責事由によらずに債務を履行することができなくなった場合の履行拒絶権を設けることとなった(部会資料79-3、16頁)。
 要綱仮案(2)は、同(1)において民法536条第1項の危険負担の制度を反対給付債務の消滅構成から履行拒絶権構成に改めることに伴い、同条2項についても履行拒絶権構成を前提とする規律に改めるものである(部会資料79-3、19頁)。

現行法

(債務者の危険負担等)
第536条 前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

関連部会資料等

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【共同の買主の1名からの解除は他の買主にとって事務管理となるので,他の買主が追認しない限り,全員から解除がなされたものとはいえない】大審院大正7年7月10日判決・民録24巻1432頁
  BがAら3名に売却した不動産が,Bの帰責事由により第三者の所有物となったことから履行不能となったため,Aが単独で契約を解除した。
  他人の事務管理者は管理行為の他必要ある場合には本人のためにその意思に反しない限り処分行為をすることができるので契約解除の意思表示をすることもできるが,事務管理者のためにした契約解除の意思表示が本人に対してその効力を生じるにはその追認が必要である。買主が自己のためにする売買契約解除の意思表示と合わせて,買主となった者の事務管理者として解除の意思表示をしても,その者の追認がない限り買主全員により解除がなされたものとはいえない。

A 【賃借権の相続人が複数いる場合,特段の事情があるときは,特定の者に対して解除の意思表示をすればよい】大阪地裁平成4年4月22日判決・判タ809号175頁
  借地人Aが昭和59年に死亡し,借地権を相続人A1らが相続したが,A1らに地代不払いであったため,地主Bは,平成2年にA1らに対して解除通知を出したところ,A3に通知が届く前に,B1が未払い地代を供託した。
  契約当事者の一方が数人あって,この数人ある当事者に対して契約を解除する場合,全員に対して解除しなければならないのは民法544条1項に規定するとおりである。しかし,賃貸借契約において,賃借人が死亡し,数人の相続人が賃借権を相続したものの,そのうち特定の相続人のみが賃借物を使用し,かつ賃料を支払っているような場合,他の相続人は賃貸借に係る一切の代理権を当該相続人に授与したと見て差し支えないこともあり,そのような特段の事情がある場合,賃貸人は,当該相続人に対してのみ賃料支払いの催告や契約解除の意思表示をなせば足りるものというべきである。