債権法改正 要綱仮案 情報整理

第4 代理

5 自己契約及び双方代理等(民法第108条関係)

 民法第108条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
(2) (1)本文に定めるもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。

中間試案

6 自己契約及び双方代理等(民法第108条関係)
  民法第108条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 代理人が自己を相手方とする行為をした場合又は当事者双方の代理人として行為をした場合には,当該行為は,代理権を有しない者がした行為とみなすものとする。
 (2) 上記(1)は,次のいずれかに該当する場合には,適用しないものとする。
  ア 代理人がした行為が,本人があらかじめ許諾したものである場合
  イ 代理人がした行為が,本人の利益を害さないものである場合
 (3) 代理人がした行為が上記(1)の要件を満たさない場合であっても,その行為が代理人と本人との利益が相反するものであるときは,上記(1)及び(2)を準用するものとする。

(注1)上記(1)については,無権代理行為とみなして本人が追認の意思表示をしない限り当然に効果不帰属とするのではなく,本人の意思表示によって効果不帰属とすることができるという構成を採るという考え方がある。
(注2)上記(3)については,規定を設けない(解釈に委ねる)という考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,民法第108条本文が自己契約及び双方代理を対象とする規定であることをより明確にするとともに,自己契約及び双方代理の効果について,これを無権代理と同様に扱って本人が追認の意思表示をしない限り当然に効果不帰属とするという判例法理(最判昭和47年4月4日民集26巻3号373頁等)を明文化するものである。自己契約及び双方代理の性質上,代理行為の相手方との関係で表見代理の規定の適用が問題となることはない。他方,代理行為の相手方からの転得者との関係では,本人が転得者の悪意を主張立証した場合に限り本人は代理行為についての責任を免れることができるとする判例(上記最判昭和47年4月4日等)が引き続き参照されることを想定している。もっとも,以上の判例法理に対しては,自己契約及び双方代理は対外的には飽くまで代理権の範囲内の行為であるから無権代理と同様に扱うのは相当でないとの指摘があり,この指摘を踏まえ,本人が効果不帰属の意思表示をすることによって効果不帰属とすることができるという構成を採るべきであるとの考え方(代理権の濫用に関する後記7参照)がある。この考え方を(注1)で取り上げている。
 本文(2)アは,民法第108条ただし書の規定のうち本人が許諾した行為に関する部分を維持するものである。
 本文(2)イは,民法第108条ただし書の規定のうち「債務の履行」に関する部分を「本人の利益を害さない行為」に改めるものである。債務の履行には裁量の余地があるものもあるため,一律に本人の利益を害さないものであるとは言えない。そこで,同条ただし書がもともと本人の利益を害さない行為について例外を認める趣旨の規定であることを踏まえ,端的にその旨を明文化するものである。
 本文(3)は,自己契約及び双方代理には該当しないが代理人と本人との利益が相反する行為について,自己契約及び双方代理の規律を及ぼすことを示すものである。一般に,自己契約及び双方代理に該当しなくても代理人と本人との利益が相反する行為については民法第108条の規律が及ぶと解されており(大判昭和7年6月6日民集11巻1115頁等参照),この一般的な理解を明文化するものである。本文(3)の利益相反行為に該当するかどうかは,代理行為自体を外形的・客観的に考察して判断するものであり(最大判昭和42年4月18日民集21巻3号671頁等参照),他方,本文(2)イの「本人の利益を害さないもの」に該当するかどうかは,より実質的な観点から当該代理行為が本人の利益を害するものかどうかを判断するものである。そのため,本文(3)の利益相反行為に該当するものであっても,本文(2)イの「本人の利益を害さないもの」に該当することがあり得る。また,代理行為の相手方や転得者との関係については,本人が相手方や転得者の悪意を主張立証した場合に限り本人は代理行為についての責任を免れることができるとする判例(最判昭和43年12月25日民集22巻13号3511頁等)が引き続き参照されることを想定している。もっとも,以上に対しては,自己契約及び双方代理に該当しない利益相反行為はその態様が様々であることから,その規律全体を引き続き解釈に委ねるべきであるという考え方があり,これを(注2)で取り上げている。

赫メモ

 要綱仮案(1)本文は、中間試案(1)と同じである(中間試案概要の該当箇所参照)。要綱仮案(1)ただし書は、現行法108条ただし書を維持するものである。中間試案(2)イの規律を設けることは見送られた(部会資料66A、19頁)。
 要綱仮案(2)は、中間試案(2)と基本的に同じである(中間試案概要の該当箇所参照)。ただし、中間試案(2)イの「本人の利益を害さないもの」に該当するときは、本人の許諾がなくても無権代理とはならないという整理について、要綱仮案ではこれを改めている。民法826条が「債務の履行」(本人の利益を害さない行為)を例外的に許容する旨を明記していないこととの整合性や、要綱仮案においてそもそも中間試案第4、6(2)イの「本人の利益を害さないもの」を現行法の「債務の履行」(108条ただし書)に修正したことなどを踏まえたものである(部会資料66A、21頁)。

現行法

(自己契約及び双方代理)
第108条 同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又は当事者双方の代理人となることはできない。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=本人,B=代理人,C=相手方,D=第三者)
@ 【相手方の代理人を事前に選任することを許諾する書面を利用して,選任された相手方の代理人との間でなされた行為は,民法108条を準用して無効となる】大審院昭和7年6月6日判決・民集11巻1115頁
  CはAに建物を賃貸していたところ,Aが家賃の支払いを怠ったため,事前にAから預かっていた委任状を利用してAの代理人Bを選任し,BとC代理人C´との間で,裁判上の和解をした。
  反対の利害関係を有する相手方に代理人の選任を委託してなされる行為は,相手方が他の一方当事者の代理人として行為をすることと同じであって,民法108条の趣旨に準拠して無効である。

A 【法定代理人が未成年者の代理人として借入れを行い,未成年者名義の不動産に抵当権を設定する行為は利益相反行為に該当しないが,法定代理人本人の借入れについて,未成年者名義の不動産に抵当権を設定する行為は利益相反行為に該当する】最高裁昭和37年10月2日判決・民集16巻10号2059頁
  未成年Aの親権者であるBがAの法定代理人となってCから金銭を借り入れ,B自身も債務者となり,A及びBが共有持分を有する不動産上に抵当権を設定した。
  借財の意図がB自身の営業資金に充当することにあったとしても,BがAを代理してAの名において金員を借受け,かつその債務につきAの持分の上に抵当権を設定したことは,民法826条所定の利益相反する行為に当らない。だからといって,BがAの法定代理人として,上記債務の内B自身の負担部分につきAの持分の上に抵当権を設定したことは,仮に借受金をAの利益となる用途に充当する意図であったとしても,同法条所定の利益相反する行為に当るから,Aに対しては無効である。

B 【民法826条にいう利益相反行為に該当するか否かは,代理行為を外形的・客観的に観察して判定すべきである】最高裁昭和42年4月18日判決・民集21巻3号671頁
  Aの親権者BがAのCからの借入れ(Bはこれを連帯保証している)の支払のために,A法定代理人BとB個人の共同名義で手形を振り出した。
  民法826条にいう利益相反行為に該当するかどうかは,親権者が子を代理してなした行為自体を外形的客観的に考察して判定すべきであって,当該代理行為をなすについての親権者の動機,意図をもって判定すべきでない。
  右事実関係を外形的に観察した場合,Aと親権を行なうBとの間に民法826条所定の利益相反関係は存しない。

C 【後見人が被後見人の土地を無償で後見人の内縁の夫に譲渡する行為は,利益相反行為となり無権代理となる】最高裁昭和45年5月22日判決・民集24巻5号402頁
  未成年者Aの法定代理人Bが,Bの内縁の夫C(その後Bと婚姻)に対して,A所有地αを無償で譲渡した。
  BCの利害関係は,特段の事情のないかぎり共通するものと解すべきであるから,未成年者であるAに不利益となる無償譲渡は,CとBに共通する利益をもたらすものというべきであり,無償譲渡は,民法851条4号にいう後見人と被後見人との利益相反行為にあたると解するのが相当である。そうだとすれば,無償譲渡については,後見人であるBはAを代理することができないのであるから,未成年者たるAの後見人であるBがAを代理してCに対してした本件土地の無償譲渡行為は,無権代理行為である,とした原判決の判断は正当である。

D 【未成年者の法定代理人が未成年者の不動産を第三者の債務の担保に入れても,原則として利益相反行為に該当しない】最高裁平成4年12月10日判決・民集46巻9号2727頁
  未成年者Aの親権者である母親Bが,亡き父親の弟が経営する会社DがCに対して負担する債権を担保するために,Aを代理して,A所有の不動産に根抵当権を設定した。Dは根抵当権設定によって得た資金をDの事業のために使用し,Aの生活費には使用しなかった。
  親権者が権限を濫用して法律行為をした場合において,その行為の相手方が濫用の事実を知り又は知りうべかりしときは,民法93条但書の規定を類推適用して,その行為の効果は子に及ばない。親権者が子を代理してする法律行為は,親権者と子との利益相反行為に該当しない限り,それをするか否かは子のために親権を行使する親権者が子をめぐる諸般の事情を考慮してする広範な裁量に委ねられている。親権者が子を代理して子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為は,利益相反に当たらないものであるから,それが子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど,親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情がない限り,代理権の濫用に当たると解することはできない。

E 【民法108条に違反する代理行為は,無権代理となる】最高裁昭和47年4月4日判決・民集26巻3号373頁
  A社の支配人Bは,C社の代表者を兼務していたが,A名義で手形を振り出し,これをC社が譲り受け,さらに,D社に譲渡した。DがAに対して手形金を請求した。
  Bは,A社を代理し,C社を代表して手形を振り出し,交付を受けたものであり,民法108条の双方代理行為に該当する。民法108条に違反してなされた代理行為は,本人による事前の承認又は追認を得ないかぎり,無権代理行為として無効である。手形振出行為が双方代理となる場合においても,本人Aは,当該行為の相手方Cに対しては手形の振出の無効を主張することができるが,手形が本来不特定多数人の間を転々流通する性質を有するものであることにかんがみれば,手形が相手方Cから第三者Dに裏書譲渡されたときは,その第三者に対しては,その手形が双方代理行為によって振り出されたものであることにつき第三者Dが悪意であつたことを主張し立証するのでなければ,振出の無効を主張し手形上の責任を免れることはできない。

F 【取締役が会社を代表して第三者との間でなした利益相反取引については,第三者の悪意を主張,立証しなければ,第三者に取引の無効を主張することができない】最高裁昭和43年12月25日判決・民集22巻13号3511頁
  A株式会社の取締役Bが取締役会の承認を受けることなく,A社を代表して,BがCに対して負担する債務について,債務引受をした。
  取締役が会社法356条3号の規定に違反して,取締役会の承認を受けることなく,取締役個人に利益にして,会社に不利益を及ぼす行為をしたときは,本来,その行為は無効と解すべきである。このことは,取締役会の承認を受けた場合においては民法108条の規定を適用しない旨規定している反対解釈として,その承認を受けないでした行為は,民法108条違反の場合と同様に,一種の無権代理人の行為として無効となることを予定しているものと解すべきであるからである。
  取締役と会社との間に直接成立すべき利益相反する取引にあっては,会社は,当該取締役に対して,取締役会の承認を受けなかったことを理由として,その行為の無効を主張し得ることは当然であるが,会社以外の第三者と取締役が会社を代表して自己のためにした取引については,取引の安全の見地より,善意の第三者を保護する必要があるから,会社は,その取引について取締役会の承認を受けなかったことのほか,相手方である第三者が悪意(その旨を知っていること)であることを主張,立証して始めて,その無効をその相手方である第三者に主張し得るものと解するのが相当である。
  大隅裁判官の補足意見「取引の安全の見地から,善意の第三者を保護する必要があることにおいては,本件における債務引受契約の相手方である第三者と,取締役と会社との間の取引の目的物を譲り受けた第三者のごときとで異なるところがないことはいうまでもないのみならず,実際上はこの後の場合にいつそうその保護の必要が大きいといえる。それゆえ,この場合にも,会社は,取締役と会社との間の取引について取締役会の承認を受けなかったことのほか,第三者がこれにつき悪意であったことの主張,立証をするのでなければ,その取引の無効を当該第三者に対して主張しえないものと解しなければならない」

G 【手形の被裏書人に対しては,手形が会社の取締役に対して振り出されたこと及び取締役会の承認がなかったことについて,第三者が悪意であることを主張,立証しなければ,振出の無効を主張することができない】最高裁昭和46年10月13日判決・民集25巻7号900頁
  A社が取締役会の承認を経ないで,手形をA社の取締役Cに対して振り出し,Cは当該手形をDに対して譲渡した。
  手形が本来不特定多数人の間を転々流通する性質を有するものであることにかんがみれば,取引の安全の見地より,善意の第三者を保護する必要があるから,会社がその取締役に宛てて約束手形を振り出した場合においては,会社は,当該取締役に対しては,取締役会の承認を受けなかったことを理由として,その手形の振出の無効を主張することができるが,いったんその手形が第三者に裏書譲渡されたときは,その第三者に対しては,その手形の振出につき取締役会の承認を受けなかったことのほか,当該手形は会社からその取締役に宛てて振り出されたものであり,かつ,その振出につき取締役会の承認がなかったことについて第三者が悪意であったことを主張,立証するのでなければ,振出の無効を主張して手形上の責任を免れないものと解するのを相当とする。