債権法改正 要綱仮案 情報整理

第4 代理

6 代理権の濫用

 代理権の濫用について、次のような規律を設けるものとする。
 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方が当該目的を知り、又は知ることができたときは、当該行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。

中間試案

7 代理権の濫用
 (1) 代理人が自己又は他人の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において,相手方が当該目的を知り,又は重大な過失によって知らなかったときは,本人は,相手方に対し,当該行為の効力を本人に対して生じさせない旨の意思表示をすることができるものとする。
 (2) 上記(1)の意思表示がされた場合には,上記(1)の行為は,初めから本人に対してその効力を生じなかったものとみなすものとする。
 (3) 上記(1)の意思表示は,第三者が上記(1)の目的を知り,又は重大な過失によって知らなかった場合に限り,第三者に対抗することができるものとする。

(注)上記(1)については,本人が効果不帰属の意思表示をすることができるとするのではなく,当然に無効とするという考え方がある。

(概要)

 本文(1)は,代理権の濫用に関する規律を定めることによって,ルールの明確化を図るものである。判例(最判昭和42年4月20日民集21巻3号697頁)は,代理権濫用行為について民法第93条ただし書を類推適用するとしており,この判例を踏まえて代理権濫用行為を無効とするという考え方を(注)で取り上げている。しかし,この場合の代理人は代理行為の法律効果を本人に帰属させる意思でその旨の意思表示をしているから,立法に当たってその効果を無効とする理由はないとの指摘がされている。また,代理権濫用行為は飽くまで代理権の範囲内の行為である。そこで,本人が効果不帰属とする旨の意思表示をすることによって,効果不帰属という効果が生ずるものとしている。
 効果不帰属の意思表示は,相手方が代理権濫用の事実(代理人の目的)について悪意又は重過失である場合に限りすることができるものとしている。重過失の相手方を保護しないのは,本人自身が代理権濫用行為をしたわけではないからであり,軽過失の相手方を保護するのは,代理権濫用の事実が本人と代理人との間の内部的な問題にすぎないからである。軽過失の相手方を保護する点で上記判例と結論を異にしている。また,本人の側が相手方の悪意又は重過失の主張立証責任を負担することを想定しているが,これは,代理権濫用行為に該当するかどうかは外形的・客観的に判断されるものではないから相手方においてこれを認識するのは容易でないことを理由とする。なお,効果不帰属の意思表示がされた場合には無権代理と同様に扱うことになるから,無権代理人の責任に関する規定(民法第117条,後記11参照)等が適用されることになる。
 本文(2)は,効果不帰属の意思表示に遡及効を与えるものである。効果不帰属の意思表示の期間制限については,特段の規定を設けることはせず,形成権の行使期間の一般原則に委ねることとしている。また,期間制限の問題とは別に,相手方が本人に対して効果不帰属の意思表示をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができるものとするかどうかについて,引き続き検討する必要がある(民法第114条,第20条参照)。
 本文(3)は,第三者の保護について定めるものである。判例(上記最判昭和42年4月20日)は,代理権濫用行為について民法第93条ただし書を類推適用するとしているため,第三者の保護についても,同条ただし書の適用を前提として,同法第94条第2項の類推適用や同法第192条の即時取得などの制度によることを想定していると考えられるが,本文(3)は,本文(1)の効果不帰属の意思表示の構成を採ることを前提として,第三者の保護に関する規律を明らかにするものである。

赫メモ

 要綱仮案は、代理権の濫用に関する規律を定めることによって,ルールの明確化を図るものである。主観的要件につき、判例実務を尊重し、善意無過失とされた。他方、効果については、自己契約等と同様、無権代理の扱いをするほうが、本人による追認や代理人に対する責任追及が可能となって、より柔軟な解決を図ることができることから、無効とする判例法理とは異なり、無権代理とみなすものとされた(中間試案における要件・効果はいずれも採用しないこととなった。以上につき、部会資料66A、23頁)。

現行法


斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=本人,B=代理人,C=相手方,D=第三者)
@ 【代理人が自己又は第三者の利益を図るために権限内の行為をした場合,相手方が代理人の意図を知り又は知ることができたときは,本人は責任を負わない】最高裁昭和42年4月20日判決・民集21巻3号697頁
   製菓原料の仕入れ販売業者であるA社の業務に代理権限を有する社員BがA社名義で,C社から練乳150万円相当を買い受けたところ,Bは,転売して差益を得る目的であり,Cの担当者もその事実を知っていた。
   代理人が自己又は第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは,相手方が代理人の意図を知り又は知ることができた場合に限り,民法93条但書の規定を類推適用して,本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とする。
   相手方が被用者の権限濫用であることを知っていた場合には,相手方の信頼を保護する必要はないから,使用者責任を負担することもない。

A 【同上】最高裁昭和51年11月16日判決・判時839号111頁
   A社の代表者Bが,Cから600万円を借り受ける際に,「レストランチェーンの構想があるが,反対する役員もあるので,調査のための資金が必要である」と言って,名刺に借用の旨を記載してCに交付し,B名義の約束手形を振り出した。
   Bの借入れは,外形上,Aの職務についてなされたものと認められるが,株式会社の代表者が表面上会社の代表者として法律行為をしても,それが代表者個人の利益をはかるため,その権限を濫用してなされたものであり,かつ,相手方が代表者の真意を知り又は知りうべきであったときは,法律行為はAにつき効力を生じない。

B 【代理人の権限濫用による無効は,民法94条2項の類推適用により,善意の第三者に対しては主張できない】最高裁昭和44年11月14日判決・民集23巻11号2023頁
   手形の振出権限を有する金融機関Aの専務理事Bが権限を濫用して,Aが手形保証した手形をCに交付し(CはBが権限濫用している事実を知り得る状態であった),この手形を国Dが滞納処分により差し押さえた,という事件である。
   国Dが差押え当時,Bが自己の利益を図る目的のもと権限濫用して手形保証したことを知らなかった場合には,民法94条2項の規定を類推適用し,善意の第三者である国Cに民法93条但書の類推による手形保証の無効を対抗することができない。