債権法改正 要綱仮案 情報整理

第5 無効及び取消し

1 法律行為が無効である場合又は取り消された場合の効果

 法律行為が無効である場合又は取り消された場合の効果について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
(2) (1)にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に民法第121条本文の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
(3) (1)にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

中間試案

2 無効な法律行為の効果
 (1) 無効な法律行為(取り消されたために無効であったとみなされた法律行為を含む。)に基づく債務の履行として給付を受けた者は,その給付を受けたもの及びそれから生じた果実を返還しなければならないものとする。この場合において,給付を受けたもの及びそれから生じた果実の返還をすることができないときは,その価額の償還をしなければならないものとする。
 (2) 上記(1)の無効な法律行為が有償契約である場合において,給付を受けた者が給付を受けた当時,その法律行為の無効であること又は取り消すことができることを知らなかったときは,給付を受けたものの価額の償還義務は,給付を受けた者が当該法律行為に基づいて給付し若しくは給付すべきであった価値の額又は現に受けている利益の額のいずれか多い額を限度とするものとする。
 (3) 上記(1)の無効な法律行為が有償契約以外の法律行為である場合において,給付を受けた者が給付を受けた当時,その法律行為の無効であること又は取り消すことができることを知らなかったときは,給付を受けた者は,それを知った時点でその法律行為によって現に利益を受けていた限度において上記(1)の返還の義務を負うものとする。
 (4) 民法第121条ただし書の規律に付け加えて,次のような規定を設けるものとする。
   意思能力を欠く状態で法律行為をした者は,その法律行為によって現に利益を受けている限度において,返還の義務を負うものとする。ただし,意思能力を欠く状態で法律行為をした者が意思能力を回復した後にその行為を了知したときは,その了知をした時点でその法律行為によって現に利益を受けていた限度において,返還の義務を負うものとする。

(注)上記(2)については,「給付を受けた者が当該法律行為に基づいて給付し若しくは給付すべきであった価値の額又は現に受けている利益の額のいずれか多い額」を限度とするのではなく,「給付を受けた者が当該法律行為に基づいて給付し若しくは給付すべきであった価値の額」を限度とするという考え方がある。

(概要)

 法律行為に基づく履行として給付がされたが,その法律行為が無効であるか取り消された場合の返還請求権の範囲について定めるものである。法律行為が無効であったり,取り消された場合の原状回復については,民法第703条及び第704条は適用されないという考え方が有力に主張されており,この場合の法律関係が不明確であることから,新たな規定を設けるものである。この規定は,民法第703条及び第704条に対する特則と位置づけられることになる。
 本文(1)は,返還義務の内容についての原則を定めるものである。法律行為が無効である場合は,給付の原因がなく,互いにその法律行為が存在しなかったのと同様の状態を回復することが原則になる。したがって,給付されたもの自体やその果実の返還ができる場合にはその返還を,その返還が不可能であるときはその客観的な価額を償還しなければならない。ここにいう果実には天然果実・法定果実を含むが,いわゆる使用利益が給付を受けた物の価額とは別に返還の対象となるかどうかについては,目的物の性質にもよることから,解釈に委ねることとしている。
 本文(2)は,無効な法律行為が有償契約である場合について,給付されたものの返還に代わる価額償還義務の上限を定めるものである。本文(1)の返還義務は本来的には受領した給付の客観的な価値によって定まるが,この原則を貫徹すると,その法律行為が無効であること又は取り消すことができることを知らなかった給付受領者が予想外に高額の償還義務を負う場合があることから,本文(2)は,有力な見解に従い,受領したものそれ自体の価額償還について一定の上限を設けることとしたものである。これに対し,受領者が,受領の時点で法律行為が無効であること又は取り消すことができることを知っていたときは,本文(1)の原則に戻り,価額が反対給付の額を上回る場合であっても,全額の償還義務を負うことになる。
 償還義務に設けられる上限は,反対給付又は現存利益のうち大きい方である。受領した給付の客観的な額がこの上限よりも大きいときは,この上限を超える償還義務を負わないことになる。反対給付が現存利益よりも大きい場合に反対給付の額を上限とするのは,給付受領者がその給付を受けるためには反対給付を負担する必要があったのであり,その限度で償還義務を負担させても給付受領者の期待に反しないと考えられるからである。現存利益が反対給付よりも大きい場合に現存利益を上限とするのは,無効な法律行為によって現に利益を受けている以上,給付の客観的な価額の範囲内でその返還をさせても不合理ではないからである。現存利益が反対給付よりも大きい場合としては,給付を受領した者が,その客観的な価額には至らないが自分が負担した反対給付を上回る金額で第三者に転売してその代金を受領した場合などが考えられる。これに対しては,現存利益の額を考慮する考え方は一般的に確立したものではないとして,反対給付のみを上限とすべきであるとの考え方があり,これを(注)で取り上げている。
 本文(3)は,無効な法律行為が無償契約や単独行為である場合に,善意の受領者がいわゆる利得消滅の抗弁を主張することができることを定めるものである。すなわち,受領者が,給付の受領当時,法律行為が無効であること又は取り消すことができることを知らなかったときは,善意であった間に失われた利得について返還義務を免れ,悪意になった時点で現に利益を受けていた限度で返還すれば足りることを定めている。善意の受領者は,その給付が自分の財産に属すると考えており,費消や処分の後に現存利益を超える部分の返還義務を負うとするとこのような期待に反することになるからである。
 なお,善意の受領者が利得消滅の抗弁を主張することができるのは,無効であった法律行為が有償契約以外の法律行為である場合に限られる。有償契約が無効又は取消可能であったとしても,それに基づく双方の債務は,当初は対価的な牽連性を有するものとして合意されていたものであるから,その原状回復においても,主観的事情や帰責事由の有無にかかわらず,自分が受領した給付を返還しないで,自分がした給付についてのみ一方的に返還を求めるのは,均衡を失し公平でないと考えられるからである。
 本文(4)は,民法第121条ただし書を維持するとともに,意思能力に関する規定を設けること(前記第2)に伴い,意思能力を欠く状態で法律行為をした者がその法律行為に基づく債務の履行として給付を受けた場合についても,制限行為能力者と同様にその返還義務を軽減するものである。もっとも,意思能力を欠く状態で契約を締結した者がその後意思能力を回復し,意思能力を欠いている間に法律行為をしたことを了知したときは,その後返還すべき給付を適切に保管すべきであると考えられるから,この場合の免責を認めないものとしている。

赫メモ

 規律を設ける趣旨については、中間試案概要の冒頭部分と同旨である。
 中間試案では、給付そのものの返還義務と当該返還が不可能な場合の価額償還義務の規律を設けることとされたが、原状回復義務とそれらの義務は重複すること、物や金銭の返還義務に限られない包括的な原状回復義務の規律を設けるのが妥当であることから、給付そのものの返還義務や価額償還義務の規律を設けることは見送られた(部会資料66A、36頁)。
 また、契約の解除の場合と異なり、無効及び取消しの場合には、その無効や取消しの原因に様々なものがあり、金銭や物の受領時からの利息や果実の返還を義務づけるのが必ずしも適当でない場合(例えば強迫を受けたことを原因として自己の意思表示を取り消した者が強迫をした者に対して原状回復をすべき場合等)もあり得ることから、要綱仮案(1)については、中間試案(1)(2)とは異なり、原状回復義務の内容は明記されないものとされた(部会資料79-3、4頁)。
 要綱仮案(2)及び(3)の規律の趣旨は、中間試案(3)及び(4)本文に関する中間試案概要と同じである(中間試案(4)ただし書については、解釈に委ねられることとなった)。

現行法

(取消しの効果)
第121条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。ただし、制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=無効・取消しを主張する当事者,B=相手方)
@ 【利得者が悪意になった後に利益が消滅しても,返還義務は縮減されない】最高裁平成3年11月19日判決・民集45巻8号1209号
  Aは,銀行Bに約束手形の取立てを依頼しところ,銀行Bにおいて手形が不渡りとなった事実を誤解して誤って手形相当額1700万円をAに対して支払ったため,その返還を求める事件。
約束手形が不渡りとなりその取立金相当額の普通預金への寄託はなかったのであるから,Aに対する不当利得返還請求が成立する。
  善意で不当利得をした者の返還義務の範囲が利益の存する限度に減縮されるのは,利得に法律上の原因があると信じて利益を失った者に不当利得がなかった場合以上の不利益を与えるべきでないとする趣旨に出たものであるから,利得者が利得に法律上の原因がないことを認識した後の利益の消滅は,返還義務の範囲を減少させる理由とはならないと解すべきであるところ,Aは,払戻しの約3時間後にBから払戻金の返還請求を受け,払戻しに法律上の原因がないことを認識したのであるから,この時点での利益の存否を検討すべき。

A 【代替性のある物を第三者の売却した場合,売却金相当額の不当利得返還請求義務を負う】最高裁平成19年3月8日判決・民集61巻2号479号
  Aは,平成12年ドコモの株式を取得したが,名義はBのままであった。平成14年ドコモ株の株式分割がなされ,Bは株式分割によって得た新株を5300万円で売却した。AはBに対して不当利得返還を求めた。
  不当利得の制度は,ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に,法律が,公平の観念に基づいて,受益者にその利得の返還義務を負担させるものである。
  受益者が法律上の原因なく代替性のある物を利得し,その後これを第三者に売却処分した場合,その返還すべき利益を事実審口頭弁論終結時における同種・同等・同量の物の価格相当額であると解すると,その物の価格が売却後に下落したり,無価値になったときには,受益者は取得した売却代金の全部又は一部の返還を免れることになるが,これは公平の見地に照らして相当ではなく,また,逆に価格が売却後に高騰したときには,受益者は現に保持する利益を超える返還義務を負担することになるが,これも公平の見地に照らして相当ではなく,受けた利益を返還するという不当利得制度の本質に適合しない。そうすると,受益者は,法律上の原因なく利得した代替性のある物を第三者に売却処分した場合には,損失者に対し,原則として,売却代金相当額の金員の不当利得返還義務を負うと解するのが相当である。