第7 消滅時効
民法第170条から第174条までを削除するものとする。
1 職業別の短期消滅時効の廃止
民法第170条から第174条までを削除するものとする。
職業別の細かい区分に基づき3年,2年又は1年という時効期間を定めている短期消滅時効(民法第170条から第174条まで)を廃止するものである。この制度に対しては,対象となる債権の選別を合理的に説明することが困難である上,実務的にもどの区分の時効期間が適用されるのかをめぐって煩雑な判断を強いられている等の問題点が指摘されていることを考慮したものである。
中間試案と同じである(中間試案概要、参照)。
(三年の短期消滅時効)
第170条 次に掲げる債権は、三年間行使しないときは、消滅する。ただし、第二号に掲げる債権の時効は、同号の工事が終了した時から起算する。
一 医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権
二 工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権
第171条 弁護士又は弁護士法人は事件が終了した時から、公証人はその職務を執行した時から三年を経過したときは、その職務に関して受け取った書類について、その責任を免れる。
(二年の短期消滅時効)
第172条 弁護士、弁護士法人又は公証人の職務に関する債権は、その原因となった事件が終了した時から二年間行使しないときは、消滅する。
2 前項の規定にかかわらず、同項の事件中の各事項が終了した時から五年を経過したときは、同項の期間内であっても、その事項に関する債権は、消滅する。
第173条 次に掲げる債権は、二年間行使しないときは、消滅する。
一 生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権
二 自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権
三 学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権
(一年の短期消滅時効)
第174条 次に掲げる債権は、一年間行使しないときは、消滅する。
一 月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権
二 自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権
三 運送賃に係る債権
四 旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権
五 動産の損料に係る債権
@ 【1年の時効に該当しないとされた例】最高裁昭和46年11月19日判決・民集25巻8号1331頁
ショベルカーの使用料請求事件である。
原審は,民法174条5号にいう動産の損料とは,貸寝具,貸衣装,貸本,貸葬具,貸ボートのような極めて短期の動産賃貸借に基づく賃料をいうものと解するのが相当である。なぜなら,このような賃料は極めて短期に決済され,その弁済について領収書を受領しないのを通常とするため,特に短期の時効に服せしめてその権利関係を短期に決着させることにより,将来の紛争を防止する要があるのであって,同号の法意はこのように解すべきである。したがって,土木建設用の重機械であるショベルドーザーが営業のため数カ月にわたり毎月25日締め翌月10日払いの約定で賃貸された場合の賃料は,同号の動産の損料には該当しない。
A 【2年の時効に該当するとされた例】最高裁昭和36年5月30日判決・民集15巻5号1471頁
繊維類の業者間の売買代金請求事件である。
民法173条1号は,消費者に対し売却した商品の代金債権についてのみならず,卸商人が転売を目的として売却した商品の代金債権についても適用される。
B 【2年の時効に該当しないとされた例】最高裁昭和37年7月16日判決・民集16巻7号1469頁
岩手県農業協同組合連合会の豚肉代金請求事件である。
農業協同組合は,商法上の営業ではなく,組合の行為が商人の営業のためにする行為として商行為となるものではなく,民法173条1号の卸商人に準じるものとすることもできない。
C 【2年の時効に該当しないとされた例】最高裁昭和44年10月7日判決・民集23巻10号1753頁
印刷会社が請け負った宣伝用パンフレットの代金請求事件である。
民法173条1号が生産者,卸商人,小売商人が売却した産物・商品の代金債権について特に2年の短期消滅時効を規定したのは,この種の物品の流通性に鑑み,その売買ないし売買類似の有償契約による代金決済が一般の経済取引の実情に照らして早期迅速に処理されることに基づくものと解される。上記パンフレットのように,内容体裁を注文者の個別的注文に合わせて作成しなければ契約の目的を果たしえず,したがって,製品の流通を予定していないような場合には,これに該当しない。
同条2号が居職人,製造人の仕事に関する債権について短期消滅時効を規定したのは,手工業,家内工業的規模で注文により他人のために仕事をし又は物を製造加工する者の代金決済が社会の取引の実情に照らして短期に決済されることを理由とするものと解されるから,近代工業的な機械設備を備えた製造業者の如きはこれに含まない。上記印刷会社は資本金4480万円,従業員230名を擁し,高度な印刷技術を要する高級印刷物の印刷販売を目的とする相当規模の会社であるから,これに該当しない。
D 【2年の時効に該当しないとされた例】最高裁昭和51年12月17日判決・判時839号66頁
日本電電公社の広告料金請求事件である。
日本電電公社の電話番号記載簿の広告料債権は,民法173条1号所定の債権に該当しないとした原審の判断は,債権自体の性質に鑑みると,正当として是認できる。
E 【2年の時効に該当しないとされた例】最高裁昭和40年7月15日判決・民集19巻5号1275頁
自動車修理工場の修理代金請求事件である。
自動車修理工場を設け修理業を営む会社の修理料債権は民法173条2号の居職人の仕事に関する債権には該当しない。
判例解説(「判解昭和40年55事件」281頁)には「2号は,多額の取引をせずに,債務弁済の証拠の保存が厳格でない,小規模の事業者が前提とされている」との記載がある。