債権法改正 要綱仮案 情報整理

第7 消滅時効

7 時効の効果

 消滅時効について、民法第145条の規律を次のように改めるものとする。
 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

中間試案

8 時効の効果
  消滅時効に関して,民法第144条及び第145条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 時効期間が満了したときは,当事者又は権利の消滅について正当な利益を有する第三者は,消滅時効を援用することができるものとする。
 (2) 消滅時効の援用がされた権利は,時効期間の起算日に遡って消滅するものとする。

(注)上記(2)については,権利の消滅について定めるのではなく,消滅時効の援用がされた権利の履行を請求することができない旨を定めるという考え方がある。

(概要)

 消滅時効の効果について定めるものである。ここでの規律を取得時効にも及ぼすかどうかは,今後改めて検討される。
 本文(1)は,消滅時効の援用権者について定めるものである。民法第145条は「当事者」が援用するとしているが,判例上,保証人(大判昭和8年10月13日民集12巻2520頁)や物上保証人(最判昭和43年9月26日民集22巻9号2002頁)などによる援用が認められている。本文(1)は,こうした判例法理を踏まえて援用権者の範囲を明文化するものである。判例(最判昭和48年12月14日民集27巻11号1586頁)が提示した「権利の消滅により直接利益を受ける者」という表現に対しては,「直接」という基準が必ずしも適切でないという指摘があるので,それに替わるものとして「正当な利益を有する第三者」という文言を提示しているが,従前の判例法理を変更する趣旨ではない。
 本文(2)は,消滅時効の効果について,援用があって初めて権利の消滅という効果が確定的に生ずるという一般的な理解を明文化するものである。判例(最判昭和61年3月17日民集40巻2号420頁)もこのような理解を前提としていると言われている。もっとも,このような理解に対しては,消滅時効の援用があってもなお債権の給付保持力は失われないと解する立場からの異論があり,消滅時効の援用が実務で果たしている機能を必要な限度で表現するという趣旨から,消滅時効の援用がされた権利の履行を請求することができない旨を定めるという考え方が示されており,これを(注)で取り上げた。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案(1)と同じである(中間試案概要の該当箇所参照)。取得時効については、援用権者の範囲に関する判例の蓄積が少なく、学説上もそれほど確立した考え方が示されているところではないことから、現行法の規律が維持された(部会資料69A、24頁。なお、中間試案(2)の規律を設けないことについて同25頁)。

現行法

(時効の援用)
第145条 時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【債権消滅の効果は,時効が援用されたときに確定的に生じる】最高裁昭和61年3月17日判決・民集40巻2号420頁
  AはBに対して,農地を昭和31年に売却し,代金全額の支払いを受け,所有権移転の仮登記をしていたが,当該農地は昭和46年に非農地化された。Aは,昭和51年に仮登記抹消等の訴訟を提訴し,昭和41年に知事に対する農地所有権許可協力請求権は時効消滅したとして,時効を援用した。
  債権消滅の効果は,時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく,時効が援用されたときに初めて確定的に生ずる。援用されるまでの間に農地が非農地化したときは,その時点において当然に効力を生じ,Bに所有権が移転するのであり,その後Aが消滅時効を援用してもその効力を生じない。
  判例解説(「判解S61年10事件」173〜174頁)には「確定効果説によれば,昭和41年に協力請求権が消滅するので,Bへの所有権移転は確定的に生じないことになる。しかし,停止条件説によれば,時効を援用する前に非農地化すれば,知事の許可は不要となり,売買契約はその時点で効力を生じる。このように,本件は,確定効果説を採るか停止条件説を採るかによって結論が変わる事案であった」との記載がある。

A 【保証人は消滅時効を援用することができる】大審院昭和8年10月13日判決・民集12巻2520頁
  BのA´に対する債務をAが保証していたところ,Aが消滅時効を援用した事例。
  民法145条にいう当事者とは,時効の援用によって直接に権利を得,義務を免れる者をいうところ,保証人は主たる債務に関する消滅時効を援用することによって直接にその債務を免れることができるので,同法にいう当事者に該当する。

B 【物上保証人は消滅時効を援用することができる】最高裁昭和43年9月26日判決・民集22巻9号2002頁
  BのA´に対する債務αについて,物上保証したAの債権者CがAに代位して,債務αの消滅時効を援用した事例。
  他人の債務のために自己の所有物件につき抵当権を設定した物上保証人もまた被担保債権の消滅によって直接利益を受ける者というを妨げないから,民法145条にいう当事者として,他人の債務の消滅時効を援用することが許される。

C 【第三取得者は消滅時効を援用することができる】最高裁昭和48年12月14日判決・民集27巻11号1586頁
  BのA´に対する債務について,土地αについて抵当権を設定していたA´´からαを代物弁済により取得したAが債務の消滅時効を援用した事例。
  抵当権が設定され,かつその登記の存する不動産の譲渡を受けた第三者は,抵当権の被担保債権が消滅すれば抵当権の消滅を主張しうる関係にあるから,抵当債権の消滅により直接利益を受ける者にあたると解するのが相当である。

D 【担保型ではない売買予約に基づく所有権移転保全の仮登記に遅れる抵当権者は消滅時効を援用することができる】最高裁平成2年6月5日判決・民集44巻4号599頁
  予約完結権が行使されると,抵当権を抹消される関係にあり,その半面,予約完結権が消滅すれば抵当権を全うすることができる地位にある。

E 【詐害行為の受益者は消滅時効を援用することができる】最高裁平成10年6月22日判決・民集52巻4号1195頁
  詐害行為取消権が行使されると債権者との間で詐害行為が取り消され,得た利益を失う関係にあり,その半面,詐害行為取消権を行使する債権者の債権が消滅すれば利益喪失を免れる地位にある。

F 【後順位抵当権者は消滅時効を援用することができない】最高裁平成11年10月21日判決・民集53巻7号1190頁
  先順位抵当権の被担保債権が消滅すると,後順位抵当権者の抵当権の順位が上昇し,これによって被担保債権に対する配当額が増加することがありうるが,反射定的利益にすぎず,直接利益を受ける者に該当しない。消滅時効を援用できないとしても,目的不動産の価格から抵当権の従前の順位に応じて弁済をうけるという後順位抵当権者の地位が害されることはない。
  判例解説(「判解H11年度24事件」585,587頁)には「上記AからCその他の判例の事案において,援用権が認められた者の地位をみると,仮に消滅時効を援用せず,当該権利が実行されるに至ると,援用権者はその有していた権利を失う地位に置かれているものということできる」「たしかに,先順位抵当権が消滅し後順位抵当権の順位が上昇すると,後順位抵当権者は,配当を受ける可能性が高くなるということはできるが,不動産競売手続において配当を受けることができるか否かは,売却の結果によるものであり,順位の上昇自体から具体的な利益を得るものではない。配当額の増加という点についても,これは一般債権者相互間でも同様であって,一般債権者も執行の場合における配当額が増加する可能性があるとして他の債権者の債権について消滅時効を援用することができることになると,そもそも消滅時効の援用権者を制限することは無意味となる」旨の記載がある。

G 【債権者は消滅時効を援用することができない】大審院大正8年7月4日判決・民録25集1215頁
  AがBに対して有する債権について,消滅時効期間経過後に,Cが第三者弁済しようとしたが,Aがこれを拒絶したため,Cが供託した。Aは,Bの当該債権に係る権利(鉱業権)の消滅を主張している。
  時効を援用することができる当事者は時効により利益を受ける者でなければならず,債権者はもとより時効を援用することができない。したがって,たとえ時効を主張しても債務者が時効を援用しないときに,裁判所はこれを裁判所の資料とすることはできない。