◆第零回:SFとSFもどきの境目(98/9/**)
昔。
ダーティーペアの映画(クラッシャージョウの劇中劇にあらず)が公開される直前だったと思います。アニメ誌かキネマ旬報のインタ
ビュー記事で、高千穂遙氏がこんなことを語っておりました。
・SF作家である自分がアニメに関わる場合、その関わり方として、何よりも重きを置くのは、作品をちゃんとしたSFにすることである(作品としての完成度を高めることではない)。
・映画クラッシャージョウはSFであった。当時、あの作品を見たSF関係者も、現在のアニメ界の状況下で、よくあれだけちゃんとSFになっているものを作ってくれたと云ってくれた。
・ただし、これはSFになっているか否かという問題であって、作品として優れていたか否かという問題ではない。
・今回のダーティペアは、残念ながらSFになってはいない。しかし映画としてはよいできである。
嘗ての”ガンダムはSFじゃない発言”を、どうしても思い出してしまう記事です。一貫性ある発言です。
さて、これを読んでの私の感想。
「そっか、クラッシャージョウ(映画)はSFだったのか。」
はい。この時私は、自分がSF的設定が盛り込まれた作品は好きであっても、決してSFファンではないことを改めて確認したのです。だって、クラッシャーがSFか否か、高千穂氏の発言を読むまで、自分ではわからなかったんですから。宇宙船出てくるし、宇宙空間で星は瞬いていないし、SFだと思うんだけどどうだろう?って感じ。高千穂氏によれば、SF者であるならば、その作品がSFか非SFであるかは簡単にわかることらしいんですけどね。
ああ、それにしても気になります。SFと非SFの境界は何処にあるのでしょう。例えば、高千穂氏はガンダムについてSFじゃないと云っておりますが、その全てが非SFだったとは云っていないんですよね。3話まではSFだったらしいのです。それでは4話以降と3話までの間には、いかなる違いがあるのでしょうか。それもSF者であれば、簡単にわかってしまうことなのでしょうか。これは15年来の疑問であります。
ダーペアの映画、みてみようかなあ。
果たして高千穂氏が云うように、SFじゃないと思うかな?
(みのうらゲストブックに掲示したものを転載)
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