三線コンクール受験記3(2005.8.20 - 23)




8月23日(金)晴れ時々曇り、ところによってにわか雨

いよいよコンクール当日。

新人賞のときは、前から2〜3番目という早い時間だったので、早起きして美容院で着付けしてもらって……と大変だったけど、今回は33番と後ろから数えた方が早いくらいの順番。少なくとも、朝寝はできる。

のんびり支度をして、着物一式と三線を持って「コバルト荘」を出る。忘れ物はないよな(前回は受験票忘れた)、と確認して出たはずなのに……今回は草履を忘れて取りに戻る羽目に(汗)。

まず着物一式を予約しておいた美容院にあずけ、「国際通り三線店」へ。
牧野さんにすすめられ、作業場でもある畳敷きスペースで、正座してきっちりフル・ヴォイスで「作田節」「子持節」を唄った。

牧野さんからは、ちょっと「作田節」が早かったような気がするけど、OKだよ〜、とのコメント。

牧野さん、わたしの三線を手にとって、「仲風節」のウタムチをさらりとつまびいた。
「やっぱりいい音だよね―、これ」
「なんかチンダミの音聴いてるだけで癒される気がするんですよね」
「そうそう」

わたしの三線「三星(みちぶし)」君も、ひさびさに生まれ島の空気を吸って機嫌がよさそうだ。頼むからコンクールでもその調子で行ってくれよ〜。

牧野さんにお昼をごちそうになってから、美容院で黒留袖を着付けてもらった。会場入りしたのは2時ごろ。17人分の審査が終わったところで、審査員の先生方は遅めのランチタイムに入っていた。

わたしはとりあえず受験者控室になってる1階の「珊瑚の間」に入って、一緒に受験する関東支部の仲間と合流した。宮森先生に挨拶して、三線の調弦をして、小声でリハーサル。すでに午前中「国際通り三線店」の牧野さんのところでフル・ヴォイスの練習は済ませているし、あっちでもこっちでも練習してる受験者がいるので、それを邪魔しないように……

宮森先生と、一緒にいた大城米雄先生(昨年の優秀賞の審査員だったそうだ)に、「本番にその通り唄えれば大丈夫」とお墨付きをいただく。大城先生からは「作田節」は朗々と唄うようにしなさいね〜とアドバイスをいただいた。芭蕉布柄のかりゆしウェアが似合う気さくだけど品のあるオジイ、という感じの大城先生、後で調べたら、なんと師範で国指定重要無形文化財「組踊」保持者というエラーイ人だった。ひえ〜(滝汗)。

2時半ごろ午後の部の審査が始まった。新人賞の時は順番回ってくるの早かったけど、優秀賞はひとりあたりの審査時間が10分ほどかかるので長い長い。着付けの時間もっと遅くしてもらえばよかったなーと後悔。
コンクール控室にて。 コンクール控室

わたしたち関東勢の出番は比較的まとまっていた。わたしの受験番号は33番。やがて27番T氏の出番が回って来た。
T氏、無事完走、いや完奏して戻ってきたものの、妙に不機嫌。なんで金払ってこんな思いしなきゃならないんだ、もう二度とやらんぞ―なんて愚痴こぼしながら着ていた紋付を脱いで片付けはじめた。どうやら緊張が解けて怒りモードに入ったらしい(笑)。打ち上げの頃にはすっかり機嫌直ってたようだけど。(^^;

29番(やはり関東勢のA氏)というアナウンスが入ったので、そろそろ舞台脇でスタンバイするかな、と移動しようとしたら「32番棄権だってよー」という知らせが……ひぇー順番早くなる、とあわてて舞台脇の控室に入ったら、
「今Aさんが、ウタムチ(前奏)で演奏やめて帰っちゃったよ……」
(どうやら出だしでつまずいてパニクってしまったらしい)

えーっ、そんなぁ。

新人賞の時は順番早かったせいもあって気付かなかったけど、最後まで弾けずに退場してしまう人、意外に多いらしい。先週新人賞を受験し、その後沖縄に残って今回の優秀賞受験組の応援に来てくれたNさんは、何人かの演奏を会場の客席(審査員のうしろ)から見ていたそうだが、彼女の話によると、途中まで完璧に演奏していたのに、突然「マラリアかなんかの発作のように」ぶるぶると震えだし、演奏不能になってしまった人もいたそうだ。
よくブザーを鳴らされて強制退場、という話を聞くけれど、Nさんの話によると、審査員の先生方はよっぽどのことがないとブザーを押さず、たとえ受験者が間違えて動揺したり、唄や演奏の続きが出てこなくて絶句しても、しばらくは待っててくださるらしい。しかし、たいていの人が耐え切れずに自主退場してきてしまう……

次の30番は関東勢のF氏。舞台脇には沖縄からの参加者らしい31番の人、その付き添いの先生、宮森先生など数人が控えている。F氏の「作田節」の前奏が聞こえてきた。なかなか順調。やがて中弦の四と女弦の工を同時に弾く「列弾き(チリビチ)」の音が「ジャン」と響く……

一瞬舞台脇の空気が凍りついた。チンダミが、ずれてる……

でもF氏、最後までともかく唄いきった。偉いっ。次の「子持節」はちゃんとニ揚げに調弦できてたし、もしかしたら審査員の先生もこれくらいのことは大目に見てくれるかも……実際、F氏はちゃんと合格していた。人間やっぱり最後まであきらめちゃいけない、ということよね。

ここで「十分間の休憩」が入った。審査員の先生がいない間は、舞台で練習してもいいことになっている。31番の人が練習したあと、わたしも練習させてもらった。
唄いながら客席のほうを見ると、舞台の前に一列に並んだ審査員席。その後ろにもふたり分席がある。先生方ひとりずつの前には「ちょっと上等」な湯のみが置かれている。これだっ。

いや、実は前回の新人賞受験の時、審査員と目が合ったらアガリそうで視線のやり場に困り、みんなの頭上あたりに視線を固定して歌ったら、後で講評に「視線が上すぎ」というコメントがついてしまったので、今度はどうしようかと悩んでいたのだ。これで問題解決(笑)。

宮森先生はF氏の調弦失敗がよほどショックだったのか、わたしの調弦を再確認しただけでなく「ちょっと貸してごらん」と、チューナーを持ってきて念入りにチンダミのチェック開始。31番の人も付き添いの先生に入念に着付けの乱れがないか見てもらっている。

さて、気を取り直して審査再開。

31番の人が出て行った後、わたしは舞台脇の控室の椅子にすわって舞台から聞こえてくる音を聴いていた。
まず最初にチンダミ。合四工、工四合……次の弾き始めは「作田節」でも「暁節」でも工だけど、あれ、今違う音弾いたような……息詰まる沈黙が続く……

でもしばらくしてちゃんとウタムチが聴こえてきた。どうやらリカバリー成功らしい。この人は「暁節」だな……あれ、演奏……止まったよ。

おいおい〜っ!

そう、31番も「自主退場」してきちゃったのです、ちょっと待て〜。まだ心の準備が……
なんて言ってるまもなく、「33番」と呼ばれてしまった。
こうなったら開き直るしかない。

覚悟を決めて「作田節」から演奏開始。牧野さんや大城先生のアドバイスを思い出し、極力ゆったりと、落ち着いて声を出すよう心がける。よし、声も良く出てるぞ。
二番目に弾いた「尺」が、指だかバチだかが弦に触れたらしく響かずにぷつんと切れてしまったのに動揺したものの、あとはなんとかちゃんと弾けたし、前とは違ってちらっと審査員の様子をうかがう余裕もある。先生方のひとりが「よし」というようにかすかにうなずいたのが見えて(錯覚かもしれんが)、自信回復。

でもああいうコンクールの怖い所は、一旦こうやって緊張がほぐれても、唄が長いせいか途中で緊張がぶり返してきちゃうところで、わたしも何度か手が震えだしたり心臓がバクバク言い出したり、けっこう大変だった。

「作田節」が終わってニ揚げに調弦。ぴたりと決まって一安心。次の「子持節」に入ったら、連日の夜更かしがたたって声が枯れてきはじめた……ま、まずい(汗)。
(連チャンで飲み歩くなんて、しなきゃよかったなぁとちょっぴり後悔)
それでもなんとか、最後まで唄いきった。緊張が解けたせいか席を立つときけつまづいてしまったけど。(^^;


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