第四回筝曲リサイタル
1994年12月2日(金)午後7時開演
芝・abc会館ホール

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ご 挨 拶
本日は師走の御忙しい中、御来場賜り誠に有難く深く御礼申
し上げます。
三年ごとに開かせて頂きましたこの会も皆様の暖かい御支援
を頂き、本日第四回目を迎える事が出来ました。
この度は身に余る請先生方に御賛助を賜り身が引締まる中に
も嬉しさで一杯でございます。
しかしながら、回を重ねるごとに芸道の厳しさが、ますます
身にしみてまいりました。そんな折、私の最も敬愛する詩人の
一人である萩原朔太郎の著書の中に{実に日本文化の特色は
一見最も素朴にして原始的なるフォルスの中に深遠無量の意
味と哲学とを高度の文化的情操に於て内容しているというこ
とである。─帰郷者、日本文化の特殊性─}とあるのを見つ
けました。
そうであるならどのように気負っても一朝一夕に成ることで
はなく、心を清めて厳しく修業していくしかないと覚悟いた
しました。
今後も皆様の御指導、御鞭撻を心よりお願い申し上げます。
                               柳井 美加奈
演奏曲目
一、明 石 柳井 美加奈
ニ、さらし幻想曲 柳井 美加奈
三弦 西潟 昭子
尺八 山本 邦山
─────休 憩─────
三、萩の露 柳井 美加奈
三弦 井上 道子
曲目解説
明 石
作曲 北島検校
第一段 所がら名にし負ふ、明石の浦の秋の頃、月冴え渡り寄る波に、
うつろふ影の面白や。
第ニ段 この頃はいとどしく、都の方の恋しきに、かかる所の人心、憂
きを慰む今宵かな。
第三段  いつとなく、長き夜を語り明石の浦なくも、いかで岩根の松の
葉の契りは末も変はらじ。
第四段 幾夜明石の浦の波、寄せて返り浮き沈み、哀れを思ふ折から
に、哀れを添えて鳴く千鳥。
第五段 庭の落葉か村雨か、かき鳴らず琴の音か、よそに知られぬ我が
袖にあまりてもるる涙かな。
第六段 四智円明の明石潟、迷いの雲も打ち晴れて、八重咲き出づる九
重の、都に帰る嬉しさよ。
【解説】
八橋検校の高弟、北島検校(?〜1690)の作曲である。彼は、それまで
の組歌の筝の手に、旋律自体の音楽的効果を高めるという新しい試みを
加えた。
朗々と流れる歌と、器楽曲性を持った筝の旋律とが、お互いに作用し合
い、品格のある情緒を一層盛り上げている。
作品は、源氏物語「明石の巻」に拠るもので、前半三段は、都の紫の上
を偲んでいる心情を四・五段は身の上の浮き沈みを憂い、第六段は晴
れて都に帰れる喜びを、それぞれの気持ちに忠実に歌っている。

美しく、高貴な香りを漂わせながら私達の心に深く訴えてくる。
さらし幻想曲
作曲 中能島欣一
【解説】
中能島欣一により昭和18年に三弦と筝とフルートの為の三重
奏だが、今回は尺八との合奏である。曲名の「さらし」とは、布を川水
にさらす作業から来ている。リズミカルな作業、川の流れ、晒された布
の動き、周囲の四季のうつろい。これらのイメージがさらしの手として
パターン化され、即興的にも様々に工夫されるようになった。作曲者自
身の名人芸は、つとに知られている。
出だし、筝の短いソロ、突然現われるさらしのきまり手が、ころがり落
ちるようにその幻想の世界にまき込んでいく、各パートが追い打ちをか
けるようにさらしの手で耳元に追って来て離れ、飛びかう。
二章は一転してゆるやかで穏やかな美しい流れを奏でて始まる。
三章は、一章をふまえ、なおリズムカルに展開して、最終の筝の三連符
は印象的である。
萩の露
作曲 幾山検校
いつしかも 招く尾花に袖触れ初めて 我から濡れし露の萩
 今さら人は恨みねど 葛の葉風にそよとだに
おとづれ絶えて松虫の ひとり音に鳴くわびしさを 夜半に砧の打ちそへて
 いとど思ひを重ねよと 月にや声は冴えぬらん
いざさらば 空ゆく雁に言問はん
 恋しきかたに玉章を 送るよすがのありやなしやと
【解説】
 幕末から明治初年にかけての地唄の名手、幾山栄福剣校の作曲。歌詞は霞紅園と名乗る川瀬某です。地唄の手事物と呼ばれる形式のもので前唄、手事、チラシ、後唄に分かれています。明治になって新様式の曲がつぎつぎ生まれる中で、伝統的な延長線上にある最後の名曲といえます。途絶えた恋をかこつ、かよわい女心をうたったもので、深として忍ぶように始まります。恋心が通じぬ侘びしい思いに堪えかね、秋の月を見て思いをつのらせ、空行く雁に便りを届ける方法はないかと空しく問いかけている情景です。沸き立つ気持ちをおさえて、目に写るもの、耳に届くものに魂を預けながら、なお燃える思いを隠しきれない女心の切ない独り言なのでしょう。
(守山偕子)

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