その3  7月7日は追っかけ記念日

ミミズは埼玉県浦和市に在住しております。 で、地元埼玉は与野市に彩の国埼玉芸術劇場がオープンしたのは1994年 秋のこと。開館以来うちの妹ともども贔屓にしてたんですけどね。何と いよいよ山下洋輔さんが来るというじゃあありませんか。それも2日続けて。 勿論、当然、これに行かずして何に行く! 2日とも参上しました。 95年7月7日、8日のことでした。

7月7日はソロ、8日は太鼓の林英哲・笛の一噌幸弘とのトリオ(と言うの だろうか、この場合?)でした。いやあ、陶酔の極致でござんした。即、次の コンサートのチケットを入手しました。川口の’りりあホール’で、これまた ギター渡辺香津美、オーボエ宮本文昭というおいしい取り合わせでしたっけ。 で、そのあと、いきなり新宿ピットインで「八向山」なんですねえ。これがトドメ でしたね。

初めて行ったピットインで、よりによってあの八向山のあの演奏を聞くことが できた。これ、大層大げさな表現をさせてもらえば僥倖でございました。 なに、読めない? 「ぎょうこう」現代日本語に訳すとなんでしょうね。思いも かけない喜び、つまりチョーラッキー、てとこですか。

八向山というのは、パーカッションの八尋知洋、トロンボーンの向井滋春、ピアノの 山下洋輔、のそれぞれ最初の漢字をとったバンド名で「はっこうざん」と 読みます。コンサートでは言い出しっぺの向井さん、お目付役の山下さんなんて お互いを紹介し合ってるようです。

楽器の取り合わせからして珍しい上に、メンバーの3人が3人ともとてつもない 業師ですから、ま普通に演奏してたってただでは済まない。なのに、あの日私が 遭遇した演奏は普通じゃなかったのですわ。

今でもよく覚えています。オープン予定の7時より少し前にピットインに至る階段を 降りていくと、そこは既に開場を待つ人々で溢れていて、静かで異様な熱気に 包まれていました。初めての場所に一人で出掛けてきた不安感が消え去って、 妙に居心地が良くなってしまう熱気でした。文字通り老若男女、職業も様々であろう 人たちが集まっていて、一様に期待感や興奮を秘めつつ、じっと辛抱強く開場を 待っています。そこに初入りの女の子が一人で加わろうが、そんなことは一切関係ない。

(ちなみに新ピ=新宿ピットインの夜の部が時間通りに開くことは、まず滅多に ありません。理由は知りませんが、こっちはもうすっかりその気になってますから、 告知通りにされたらかえって困ってしまう!)

演奏がどんな風に始まったのか....。多分、3人がそれぞれソロ演奏をやってから 全員集合という今のスタイルはとってなかったと思います。おもむろに3人が 出てきて何となく始まってしまった、ような気がします。それが千に一つという ような大変な場面であることが、トーシローのミミズにもすぐに分かりました。

........山下さんが緊張している。

あれから2年間、ミミズは山下さんの生の演奏、場所もシチュエーションも 様々なのを50くらい見聞きしてますが、まだああいうのにはお目にかかって ません。また、数多くの著書やCD、インタビュー記事などからも、ああいう事態が あろうとは想像がつきませんでした。山下さんの演奏を形容する言葉と言えば、 奔放・エネルギッシュ・情熱的・開放感・躍動感・爆発・怒濤・・・等々が一般的。 しかし、あの日のキーンと音がしそうなほど緊迫した空気、全身を耳にして相手の 音をうかがい、緊張感をエネルギーに変換しては厳選された一音一音に込めて 演奏する山下さんの姿、その一音たりとも聞き逃すまいと手に汗握る客席の一体感、 それらを説明する為にはいつも使われている形容詞はまったく用をなさないのです。
あれではまらなかったら嘘です。

そう言うわけで、私は山下洋輔さんの追っかけ志願者となりました。
今、ミミズが週1回のペースで何かしらのコンサートに出掛けていくのは、何も もう一度あの晩と同じことを経験したいからではありません。ただ、3回目にして ああいうものを見ることが出来るのなら、これから先だっていつ何が起こるか分からない ですよね。もっともそういう’ハプニング’の要素を抜きにしても、音に包まれている ときの安心感や、音並びに演奏者と対峙する充実感、これはいつだって 味わえるライブの醍醐味です。そして、この生演奏ならではの臨場感は小さな空間でより 強力に効いてきます。新ピをはじめとするジャズスポットと呼ばれる場所は、ミミズに とって本当に大切な場所になってしまったのでした。
                                        (1997.7.)

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