砂漠とダージリン / page1




  砂漠とダージリン

  
 からん、ころん。

 植物学者のM氏が、はじめて街外れの紅茶店の扉を開けたのは、五月も終わりの頃でした。

 若いのだか年をとっているのかよくわからない、不精ひげを生やした何処か不機嫌そうな顔で。
 それなのに、何処からともなく春の黄緑色の新芽のような、すん、と甘い香りを漂わせて。


「あっ、いらっしゃいませ。」

 「OPEN」の札にゆれる小さな真鍮の鐘の調べに、うとうとしていた娘はあわてて
とび起きました。
 だって、この時もいつもと同じように、お客さんもいないうららかな昼下がりでしたから。


「ご注文は、何になさいますか?」

 ぱたぱたとテーブルにお冷を置いた娘の問いかけに、少しためらいながら、M氏はこ
んなことを言ったのです。

 ポケットから淡い緑色の丸い缶を出して、不器用そうな手でちいさな蓋を開いて、や
っぱり、不機嫌そうな声で。

 
「……この茶葉で、お茶をいれてみてくれないか。」






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