砂漠とダージリン / page2




 水晶板の加熱プレートの上で、生まれてくるお湯の湯気にゆれて、ケトルがことこと
と歌いだします。
 そのケトルのうたを聴かせながら、硝子製のティーポットもお湯で温めておくのも忘
れずに。

 
 娘の店では、お茶をいれるときはいつも、硝子製のティーポットを使っていました。

 季節の花の柄のポットや、青い陶器のポットにも少し憧れていましたが、ちいさな街
外れのお店で使うにはちょっと高かったし、何より硝子のポットじゃないと、茶葉のよ
うすが眺められなかったから。
 
 そう、娘はポットの中で茶葉が開いていって、お茶が色づいてゆくのを眺めるのが大
好きでした。

 だから、ちょっと怖かったけど、思わずM氏の申し出を受けてしまったのです。
 お茶好きの人ならみんな持っている、珍しいお茶への好奇心に負けて。


(どんなお茶ができるんだろう……。その前に、これって、本当にお茶かしら?)

 薄緑色の缶から出てきたのは、街の星間輸入品市場でもすら見たこともないようなお
茶でした。

 普通は味が出やすいように小さく砕いてあったり、お茶の成分を合成して固めてあっ
たりするのに、このお茶はまるで摘んだそのままのように、大きい葉で、そして丸い缶
と同じ、薄い翠色をしていたのです。


 缶に入っていた茶葉はスプーンで二杯分、ちょうどボット一杯分ありました。

 ポットを温めていたお湯を捨てて、代わりに茶葉をスプーンでポットの中に。
 そして、忘れずに砂時計をくるりと置いて、沸いたばかりの新鮮なお湯をケトルから
勢い良く注ぎこみます。


「わぁ……!」

 硝子のポットを見つめて、娘は思わず歓声をあげました。
 透明な耐熱硝子の奥で、大きな薄緑色の葉っぱが、まるで夏の朝に咲く花のように、
ゆっくりと開いてゆきます。

 小さなポットの宇宙での、ゆるやかな大きな循環にあわせて、くるくると、踊るよう
に廻りながら、浮いたり、沈んだり。
 その度に、お茶をまるで夕暮れの空のように淡い橙色に染めてゆくのです。


 娘は少し首を傾げながら、砂時計の最後の粒が落ちるまで、ずっと楽しそうにポット
を見つめていました。

 その後ろで、不機嫌そうな顔のまま、やっぱりM氏もポットを見つめていたのが、少
しだけ、怖かったのですが。





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