砂漠とダージリン / page3




「おまたせしました、どうぞ。」

 硝子のポットから、おそろいの透明のティーカップへ、やわらかく色づいた紅茶を注
ぎます。
 その瞬間、カップのふちから広がった、初夏の風のように若くてほんのりと甘い香り
が、娘のちいさな店いっぱいに漂いました。 

 
「ふむ……。」

 呟いて、静かに淡い琥珀色のお茶を飲むM氏を、娘はじっと立ったままで見つめてい
ました。
 いったい何を言われるのか、そもそもこの人は何物なのかと、心の中で少し不安に思
いながら。


「もう少し、蒸らす時間を長くしたら、なお良かったかも、しれないな。」

 やがて、カップ一杯分の紅茶を飲み終わったM氏は、テーブルに紅茶一杯分の代金を
置いて立ちあがりました。


「……その茶葉は、ダージリンと言う。ポットにまだあるから、飲んでみるといい。」

 店の扉を開きながら、やっぱり不機嫌そうなままで、娘にぽつりと言い残して。

 からん、ころん。



(おいしくなかったのかしら?)

 娘は、まだ冷めずにほのかな香りを漂わせていたポットの紅茶を、そっと飲んでみて、
目をまるくしました。


 口のなかに、さっぱりとした甘い風味がふんわりと広がって。
 
 今まで飲んだ紅茶とは比べ物にならないほど、美味しかったのです。



 M氏が店に訪れた日からしばらくの間、娘はあの茶葉の開く姿と味が忘れられなくて、
「ダージリン」という茶葉について調べてみました。

 水色の通信板で、あちこちの街の市場や、高級な紅茶屋さんや、星間輸入品の届く港
の情報を探して。
 はては、紅茶好きの知り合いやお客さんに直接たずねてみたり。

 だけど、「ダージリン」という薄い翠色の茶葉の、手がかりのしっぽさえつかむこと
はできませんでした。


「何処か遠い移民星の、特産品か何かかしら……。だったら高すぎて、手がでないなぁ……。」


 ため息まじりに、娘はあきらめ気味にそっと呟きました。

 何しろ、お客さんも少ないお店をやりくりするので精一杯で、街の若い女の子たちの
ように、きれいな洋服や飾り石を買う余裕もなかったのですから。





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