砂漠とダージリン / page4



 そうして、娘がいいかげん諦めかけていた、とある日の、昼下がりのことでした。

 やっぱり娘がうとうとしていた所に、からん、ころん、と控えめに扉を開けて、M氏
がやってきたのです。
 前よりも、さらに不機嫌そうな不精ひげの顔つきで、それなのに、前よりも一段と、
すん、と甘い草の香りを漂わせて。


 そうして、前よりもさらにためらいがちに、ぶっきらぼうな口調で、こんなことを娘
に言ったのです。


「私の育てたダージリンの茶葉を、買いとってくれないか?」


 
 それまでうとうとしてた上に、突然びっくりするやら嬉しいやらで、まだぼうっとし
ている娘に、M氏が出した条件はふたつでした。

 ひとつは、買取の値段は普通の茶葉なみにする代わりに、一日一杯だけ、M氏に無料
でダージリンをいれること。
 そしてもうひとつは、 この茶葉でお茶をいれる時は、必ず心をこめて、美味しくい
れること。


「でも、どうして、こんな美味しいお茶を……?」

 この時ばかりは、M氏の少し怖い風貌や、持ち前の引っ込みじあんな心も忘れて、夢
中で娘は尋ねました。

 娘も何よりも紅茶が大好きでしたから、こんな素晴らしい茶葉を売って手放してしま
うということが、何だか信じられなかったのです。



「ふむ……。私は、紅茶が好きでな。ほっといたら研究費がみんな紅茶代に飛んでしまう。」

 軽く後ろ頭をかきながら、M氏はぼそぼそと答えはじめました。

「しかし、一刻も早く、研究費を貯めねばならない事情があってな。だから、この茶葉
を売ってお金に買えつつ、紅茶を控えようと思ってな。」

「一日一杯でもこの茶葉でいれた紅茶を飲めれば、合成品など飲む気もうせるから、紅
茶代も浮いて一石二鳥というわけだ。」

 最後だけ、ほんの微かに、楽しそうに悪戯っぽく目許を綻ばせて。


「でも、どうしてうちなんかに? 街の大きなお店なら、きっともっと高く買うでしょ
うに……。」

 娘は首を傾げて、素朴な疑問を投げかけました。別に謙遜ではなしに、素直に、そう
思ったので。


「ふむ……。」
 
 あごのひげを軽く撫でで、少し考えるような面持ちで、立ちあがって。
 からん、ころーんと、少し急ぎ気味に真鍮の高い調べを鳴らしながら、M氏は扉の出
がけに、こう言い残していきました。


「いろいろな店でいれてもらったが、この店が、お茶の葉が一番嬉しそうだったからだ。」





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