砂漠とダージリン / page9



 そうして、その翌日から、M氏は、急に娘の店に来なくなってしまったのです。

 代わりに、店の郵便受けに、大きな淡い緑色の紅茶缶だけを残して。

 驚いて娘がそっと開けた缶の中には、今年最初で、そして最後になってしまった、秋
摘みのダージリンの葉がぎっしり入っていました。


 だんだん涼しくなってゆく秋の昼下がりに、ひとり分だけいれる秋摘みのダージリン
は、甘い香りだけど、ほのかに渋く思えて。

 娘は、いつもほんの少しだけ、紅茶にミルクを加えるのでした。



 そんな風に、もとどおりの眠い昼下がりがゆっくり過ぎて、秋も終わりに近づいた、
十一月のある日。

 やがて冬を運んでくる北風の、最初の一吹きが訪れた、冷たい空気の朝のことでした。

 ひんやりと身体に染み入ってくる冷気にちょっと震えながら、いつも通りに扉を開け
て「OPEN」の札をひっくり返していると、郵便受けに薄い水色の手紙が届いているのが
娘の目に止まりました。

 宛先は娘宛てではなくてお店の名前になっていて、裏を見ると、差出人のイニシャら
しき「M」のサイン。

 首を傾げながら、娘はそっと手紙の封を開けました。

 とたんに、薄い水色の封筒から、ほのかに甘い香りが漂ったのです。
 あの、すん、と香る、ダージリンの茶葉の香りが。


「……あの人からだ!」

 娘ははじめて気づいて、驚いて丁寧に畳まれた手紙を開きました。
 何しろ、初夏にお店の扉を開けてから今の今まで、M氏の名前のイニシャルさえ知ら
なかったのですから。





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