砂漠とダージリン / page7



 にわか雨降りを乗せてきた南の風が、代わりに上空にまだ残っていた春の空気をすべ
て連れていくと、もう七月。
 風のほうきにそうじされたような、弾けそうに蒼い夏空が一面に広がります。


 この星の夏は、からからに乾いた暑い日差しと、熱気をかきまわしてゆっくりと流れ
る、循環風。
 お店の路ばたに、ティーカップにいれたお水をまいても、あっという間に地面と空気
が水の粒子の取りあいをして、しゅわしゅわと炭酸水が弾けるような音を残して消えて
しまいます。

 この季節は、娘のお店でも、通りがかりの人が暑さから避難して、冷たいアイスティ
を買っていってくれるので、昼間は忙しくなるのでした。


 六月の雨降りの日の一件以来、忙しさが一段落した時を狙って、娘は少しずつM氏に
話しかけるようになりました。
 それまでは、あの不機嫌そうな雰囲気に、ちょっと怖くて、何処か遠慮してしまって
いたのですが。

 思いきって話しかけてみると、特に植物のこと、それから紅茶のこととなると、静か
な声に、ほんの微かに楽しそうな響きを含ませるのでした。


「ダージリンって、季節が進むにつれて、少しずつ味も香りも変わっていってます、よね。」


 この日も、透明のティーカップに、じっくり蒸らしたダージリンを注ぎながら、娘は
、遠慮気味にそっと話しかけました。
 湯気と一緒にテーブルのまわりに漂う、初夏の頃より甘みの深い、果実のような香り
を、軽くかぎながら。


「ふむ……、同じダージリンでも、摘み取る季節によって味は変化する。大きく分ける
と、春摘み、夏摘み、秋摘みの三種だ。」

 M氏は、読みかけの本を閉じて、軽くひげを撫でてから、学生に講義をするように淡
々と話しだします。


「冬摘みは?」

「さすがに、冬はない。冬の寒い時くらい、葉だって眠らせてやらないとな。」

「でも、それじゃ冬になったら、研究費貯められなくなっちゃいますね。」

 少し残念に思って口に出した娘の言葉に、M氏は少し考え込むように、ぽつりと、こ
う言いました。

「冬が来るまでには、貯め終わらねばならんのだ。でないと、次の春に間に合わない。」

「……春に間に合わないって、研究費って、何にお使いになるんです?」

 不思議そうな娘の問いに、またひげを軽く撫でて、ほんの僅かに、悪戯っぽく目許を
緩めて。

「ふむ……それは秘密だな。」



 話そうとしないM氏に、軽くためいきをつきながら、娘は自分用のティーカップにも
ダージリンを注いで、そっとテーブルにつきました。

 カップからたちまち、ほっとするような優しいお茶の香りが、娘の鼻をくすぐります。

「遠い昔の、故郷の星の人達って、いつもこんな美味しいお茶飲んでいたんですね……
いいなぁ。」


「この星でだって、何時かもっと植物が根付けば、きっと飲めるようになる。……その
ために、私は研究をしている。」






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