砂漠とダージリン / page8



 夏も終わりに近づいた、八月の終わりの夕暮れ時のこと。

 娘は早めにお店を閉めて、夕方の街まで買い物に行きました。
 夏のアイスティの売上と、噂で少しずつひろまっていったダージリンを飲みにきたお
客さんのおかげで、少しだけやりくりにゆとりができたのです。

 だから、お店でお仕事をする時に、少しは、きれいな洋服を着たいな、と思って。


 夕暮れ時の街は、昼下がりの熱気を避けて出てきた人々で賑わっていました。
 立ち並ぶ店の蛍光板には、早くもぽん、ぽんと灯りが燈されて、鉱石や飾り石を散ら
したように、幾つもの色を硝子に映しています。

 街角の何処かから、一日の終わりの寂しさを紛らわすかのように、華やかな楽器の音
色が奏でられて。

 そんな色彩と音楽がゆるやかに燈る路のまんなかを、ようやく訪れた涼しい夕風が吹
きぬけて、さらさらと夏の名残の空気をかき混ぜてゆきます。


 はじめは、そんな街の賑やかさに包まれて、すこしわくわくしていた娘でしたが、め
ったに入ることのない、飾られた洋服屋さんの店先を覗いていくうちに、何故だか、だ
んだんゆううつになっていきました。

 立ち並ぶ、都会を歩く娘さん達が着るような洋服たちが、見ているとあまりにおしゃ
れで、何だか自分なんかにはそぐわないような気がしてきてしまったのです。

 一度そう思ってしまうと、娘には、何だかもうお店の中に入ることですら、気が引け
てきてしまうのでした。



(あーあ、どうしようかな……。)

 諦めかけて、菫色に移ってゆく、建物の形に切り取られた空を見上げてため息をつい
た、その時のこと。

 ふと、蛍光板の創る青とは違う、透き通るような蒼色が、娘の視界の隅をかすめてい
ったのです。


 振り返ると、路端に小さな屋台のような店を置いて、同じくらいの歳の、青い帽子を
かぶった娘が絵を売っていました。

 段のついた屋台の飾り棚や、傍らのイーゼルに飾られた、大きさも、色彩もまちまち
の、この星の風景達。

 それらは、筆から生まれた水や油の色彩ではなく、無数の細かい粒子で、描かれてい
ました。


 そんな砂絵の小さな店へと、娘の目を向けさせた蒼は、砂絵描きの帽子の青ではあり
ませんでした。

 それは、屋台の端に飾られた、ささやかな砂絵が放つ、透きとおった蒼色でした。


 まるで瑠璃色の鉱石のように澄んだ砂で描かれてていたのは、この移民星の荒地に広
がる、一面の青い砂漠でした。

 そうして、その真ん中に、ぽつりと。

 微かに薄い青の砂で描かれた空へと両手を伸ばして、翠色の葉を揺らす樹が、ひとり
で立っていたのです。


 今にも風にさらさらと流れそうなくらい、粒子がその故郷を思いだすように目の前に
広がる、瑠璃の色の砂漠。

 そうして、その青の中にひとり立つ、見たことのない大きな樹に、娘は、すっかり惹
きつけられてしまいました。



(この絵をお店に飾ったら、あの人ならどう思うかなぁ……。)

 何故かそんな風に想いながら、結局、娘は洋服を買うためのお金をはたいて、砂絵を
買ってしまったのでした。


 絵をきれいな包み紙に巻いて娘に手渡す時に、砂絵描きは、嬉しそうに、それでいて
何処か寂しそうに、軽く微笑みました。






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