次の日の昼下がり、いつも通りダージリンを飲みに来たM氏は、青い砂漠に立つ樹の
砂絵を見て、驚いたようにつぶやくのでした。
「この樹は……。」
「きれいです、よね。昨日、街角の砂絵描きさんから買ったんですよ。」
予想通りに、お店の扉を開けるなりこの砂絵に目を止めたM氏を、娘は、くすっと笑
って迎えました。
「これは、風景画なのか? それとも、砂絵描きの想像か? いや、しかし、そんなば
かな……。」
だけど、そんな娘の微笑みをよそに、M氏はつかつかと砂絵の前に歩きました。
不精ひげを撫でながら、学者の真剣な表情で、砂で描かれた樹を観察するように見つ
めて。
「この樹が、何か……?」
やがて、諦めたような、驚きを隠せないような風で、軽く首を振ってM氏はこう答え
ました。
「この砂絵の樹は、おそらく遠い昔に、故郷の星に生えていた植物だ。」
そう言ったきり、娘のいれた紅茶を飲みながら、一言も言葉を発せずに、じっと青い
砂絵を眺めているのでした。
「……私も、こんな樹を、砂漠に、この星に育てたい。」
やがて、香りだけが微かに残るティーカップを置いて、M氏は静かに言いました。
言葉の後に、硝子製のカップがソーサーに当たって響かせた、小さな透明な音を残して。
「でも、寂しくないのでしょうか?」
M氏の言葉に、ふとこんな想いが心をよぎって、娘は誰にともなく、つぶやきました。
「……こんな広い砂漠に、たったひとりで立っていて。」
「雨降りの日には、そうでもないさ。」
「どうして、です?」
いつもは不機嫌そうな目許を、少年のように、微かに悪戯っぽくほころばせて。
「ふむ……、きっと周りにいる動物達が、雨やどりをしに、この樹の下に集ってくるだ
ろう?」
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