砂漠とダージリン / page9



 次の日の昼下がり、いつも通りダージリンを飲みに来たM氏は、青い砂漠に立つ樹の
砂絵を見て、驚いたようにつぶやくのでした。

「この樹は……。」

「きれいです、よね。昨日、街角の砂絵描きさんから買ったんですよ。」

 予想通りに、お店の扉を開けるなりこの砂絵に目を止めたM氏を、娘は、くすっと笑
って迎えました。


「これは、風景画なのか? それとも、砂絵描きの想像か? いや、しかし、そんなば
かな……。」

 だけど、そんな娘の微笑みをよそに、M氏はつかつかと砂絵の前に歩きました。
 不精ひげを撫でながら、学者の真剣な表情で、砂で描かれた樹を観察するように見つ
めて。


「この樹が、何か……?」

 やがて、諦めたような、驚きを隠せないような風で、軽く首を振ってM氏はこう答え
ました。


「この砂絵の樹は、おそらく遠い昔に、故郷の星に生えていた植物だ。」


 そう言ったきり、娘のいれた紅茶を飲みながら、一言も言葉を発せずに、じっと青い
砂絵を眺めているのでした。



「……私も、こんな樹を、砂漠に、この星に育てたい。」

 やがて、香りだけが微かに残るティーカップを置いて、M氏は静かに言いました。
 言葉の後に、硝子製のカップがソーサーに当たって響かせた、小さな透明な音を残して。


「でも、寂しくないのでしょうか?」

 M氏の言葉に、ふとこんな想いが心をよぎって、娘は誰にともなく、つぶやきました。

「……こんな広い砂漠に、たったひとりで立っていて。」


「雨降りの日には、そうでもないさ。」

「どうして、です?」

 いつもは不機嫌そうな目許を、少年のように、微かに悪戯っぽくほころばせて。

「ふむ……、きっと周りにいる動物達が、雨やどりをしに、この樹の下に集ってくるだ
ろう?」





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