私が導かれた先は、外から見えたあの塔の様な区画だった。

  周囲の壁にはやはり同じような金属の装飾があるが、何よりも、中央の床
を正確な矩形に大きく切り取った窪みが目を引く。そして、高い天井を覆う
硝子の半球を通して、すみれ色の空と気の早い星が、その矩形の底を覗き込
んでいる。

  突然、その半球が擦れる様な音を立てて、ゆっくりと左右に開き始めた。
驚いて傍らの娘を振り返ると、壁から突き出た重そうな鉄の円輪を、か細い
腕で必死に回している。

  やがて、完全に円球は開ききり、空とこの塔が繋がった。娘はふうっと息
をつき、私に言った。
「機械の準備がありますので、少々お待ちくださいね。」

  娘は傍らの壁の穴に、籠をそっと傾ける。さらさらと風の流れる様な音を
立てて、水色の石は少しずつ何処かへと飲み込まれてゆく。

「この「機械」は、何をするものなのです。」
  滑り落ちる石が尽きるのを待って、私は素朴な疑問を口にした。

「これは、想いの断片をを還す機械です。」


  問いに答えると同時に、娘は操作板に指を走らせた。
  あたかも娘の呼びかけに応えるかのように、「機械」が律動を開始する。
重く、この建物全体に響く様な鈍く規則正しい律動。

  そして、壁から突き出た円筒から、透き通った水が生まれる。生まれた滴
は青白い照明を受けて一瞬だけ光を宿して、そして矩形の窪みへと落ちてゆ
く。

「街からはたくさんの断片達が流れてきます。」
  娘はせわしげに機械を操作しながら、見学者である私に説明を始める。
「それらはふたつに分けることができます。一つは、言葉にすることのでき
なかった想い。もう一つは、言葉にできても発することのできなかった言葉。
後者はまず、もとの想いへと還元せねばなりません。」

  重々しい律動に調和する様に、もう一つの規則正しい高い和音の律動が生
まれる。それは、ひとつ、またひとつと円筒から還る水の音。

「そしてこの工程で、想いは透明な水へと還元され、時がくるまでこのプー
ルに蓄積されるのです。」

  それきり娘は沈黙し、穏やかな表情で作業を続ける。
  娘の白く細い指が、複雑な意匠の操作板の上を滑らかに走る。そこから奏
でられる、重厚で打ち付けられる様な還元の調べ。その調べに誘われて、行
き場をなくした想いや言葉が静かな水へと還ってゆく。小さな滴となって、
一つずつ。

  私も沈黙して娘の作業を見ながら、何処かで、これに似た光景を見た様な
不思議な感覚をおぼえていた。

  しばらく考えて、ようやくその感覚の原因に思い当たった。
  それはつい先程見たばかりの、林間ホールの舞台の中心で「オルガン」を
奏でる友人の姿だった。




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