雨やどりの木 / page1




  雨やどりの木  この砂漠を通ってゆく風は、きまって、薄い空の色に染まってゆきます。  それは、この乾いた大地から蒼い砂の粒子をさらって、遠くの地へと連れ去ってゆく から。  微かに湿り気を含んだ、造り物ではない、自然に生まれた風の感触。  その感触に気づいて、砂を掬う手を止めて、砂絵描きはふと空を見上げました。 「通信板じゃ、今日は雨降りの予定なんてなかったはずなのに。」  砂絵描きの前髪を軽くなでて通る風の、やってくるむこうから、灰色の水彩絵の具の しみのように、雨雲が広がってくるのが見えました。  この移民星に点在する街から、ずっと離れたところに、青い砂が流れる砂漠がありま した。  天河石や、青金石の結晶を多く含む、細やかな砂の粒子たち。  その自然の青色は、どんな着色した砂にも出すことのできない、深みと透明さを持っ ているのでした。  特に、高い空やさざめく海を砂で描く時には、どうしてもここの砂が必要だったのです。  だって、どんなに遠い移民星でも、海の色と空の色だけは、いつも青色と決まってい たから。  だから、砂絵描きは、よく街から遠くこの砂漠まで足を運んでいました。  もちろん、雨降りの予定がないことを、確認して。  雨が降ったら、せっかく集めた砂も、いつも持ち歩いている道具も、しばらくつかい ものにならなくなってしまうのです。  土地を潤すために観測所が降らす、この地方の雨降りの回数は、月に五日間。  いつもなら、その予定は水色の通信板を見れば、ちゃんと傘のしるしで書いてありま した。




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