緑の葉の天井を抜けてくる雨が、ひっきりなしに 娘の顔に当たってくる。

足元では、水分を含んだ苔 や落葉が、駆けるリズムに合わせて、ぴちゃぴちゃ と音を鳴らす。



「全く、今日はついてないったら……。」

 小人の娘は、またしても愚痴をこぼしながら、今 度は森の奥へと駆けていた。

娘が、ハーモニカを落 としたことに気付いたのは、薬草を持って、何とか 雨が降りだす前に戻った後だった。

それで、師匠が 止めるのを振り切って、フードがついたマントをひ っかぶって、雨の中探しにきたのだった。

落とした ハーモニカは、一番最初に師匠からもらった楽器で あり、娘にとってはとても大事なものだった。



   一番落とした可能性が高いのは、あの森の広場だ ろうと見当をつけて、娘は記憶を頼りに森の中を駆 けていた。

森はますます暗くなり、本来持つ神秘さ と不気味さをいや増していた。

(本当にこっちでいいんだっけ?)

 小人の娘の陽気さを持ってしても、さすがに少し 不安になってくる。娘はふと立ち止まり、自分の駆 けてきた道を確かめる様に、辺りを見回した。



 いつもなら、様々な生きる物の気配や物音に満ち た森は、今はただ、六月の雨の奏でる音楽がささや く様に流れるのみだった。

普段とは違う、非日常の 森の雰囲気に、ともすれば圧倒されそうになる。



 そこに、人の手による調べが、微かながらも割り 込んできたのは、娘が再び駆け出そうとした、ちょ うどその時だった。

(何の音だろう……?)

 小人の娘は、じっと耳を澄ました。娘の駆けよう とした方向から届く音は、娘がよく知っている音だ ったことがすぐ解った。

(私のハーモニカ?)

 小人の娘は、急いでその調べの源へと走った。



 ハーモニカの調べは、前に走るたびにはっきりし てきた。

そろそろ源に着くかと思うと、先程と同じ 様に、だんだん木々が疎らになってきて、程なくあ の古い森の広場に着いた。



 広場の中央にそびえる、幾百の年を経た大樹に掛 けられた、古い鞦韆。

その鞦韆に、雨に濡れるのも 構わず、小さな男の子がハーモニカを吹きながら座 っていた。

時折、揺れる鞦韆がたてる、きしんだ和音を交え て、男の子の奏でる調べが、広場を包む。

不思議と 雨の音とも調和したその調べは、先程、小人の娘が 奏でた調べと全く同じだった。



 小人の娘は、やや茫然と、しばらくその男の子に 見入っていたが、男の子がこちらに気付き、鞦韆を 降りてようやく声を発することができた。

「それ……、私のハーモニカ……。」



 男の子の齢は、だいたい5才くらいだっただろう か。娘を見つめて、悪戯っぽく笑うその顔は、ずっ と雨に打たれていたにも関わらず、何故か全く濡れ てはいなかった。

 男の子は、一言クスリと笑ったかと思うと、ハー モニカを手にしたまま、森の奥へと駆け始めた。



「ま、待ってよ!!」

小人の娘は、あわててその男の子の後を追って、 駆け出した。フードから、絶え間なくぽたぽたと落 ちる雫を払いながら。



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