雨がますます強くなった様な感じがした。雨の粒 が、駆ける娘の顔に、ひっきりなしに当たり、視界 をぼやけさせる。

左右を、ぼやけた木々の葉が流れ てゆき、まるで、緑のトンネルの中を駆けているか の様だった。



 男の子が、時折振り向き、楽しげに笑いかける。

周りの景色はぼやけてゆく一方だというのに、その 男の子の姿だけは、いやその笑いさえもはっきりと 見えた。

『ここまで、おいで。』

 初めて、男の子の声が耳に届く。まるで、遊んで いるかの様な楽しげな声。



 そんな風にして、小人の娘は、ずっと男の子を追 い続けた。男の子は、ひたすら真っすぐ逃げている 様にも、ぐるぐると同じ所を廻っている様にも思え た。

『こっち、こっち!』

『おにさん、こちら!』

『きゃーっ、つかまるっ!』

 だんだん、耳に届く男の子の声が増えてきた。そ れどころか、奇妙なことに女の子の声まで混じって いる。



 それとともに、今までは緑一色だった視界に、ま るで絵の具を流し込んだように、黄色や赤がまぎれ こんでくる。

だが、男の子を捕まえるのに夢中にな っている娘には、そんな事はさしたることにも思え なかった。



 不意に、男の子との差が、一気に狭まった。

「つかまえたっ!!」

 小人の娘は、ここぞとばかりに、男の子に体ごと 飛び掛かった。男の子の襟首を捕まえたと思ったの に、手応えが全くなく、そのままつるりと転んでし まう。

 ずっと駆けてきたのが転んで初めて止まって、そ して起き上がって見た光景に、娘は茫然と立ち尽く した。



 そこは、あの森の広場だった。だが、雨というス クリーンに映し出されたその広場は、前に見たもの とは全く違っていた。



 夕日が、木々の合間を抜けて、きれいに整えられ た広場に優しく紅い光を投げ掛ける。

涼しげな風に 揺れて、さらさらと葉ずれの和音を奏で、影を揺ら す木々。

それは、鮮やかに色付き、めくるめく赤と 黄色の、そして金色の粒子を森にちりばめる。

 さくさくと、落葉を踏みつけて、無邪気に小さな 男の子や女の子が、幸せそうな声をあげてあちらこ ちらと走り回る。



 そして、広場の中央にそびえる、黄金色の葉を枝 一杯に繁らせた大樹。それに掛けられた、まだ作り たての鞦韆が、風に揺られて滑らかな音をたてる。

 それは、雨降りしきる森に現われた、日常の生活 の営みか、あるいは、今という現実に現われた、古 き日々の追憶か。



六月の雨に映し出された、遠い昔の子供たちの思 い出。

それは、自然と小人の娘自身の、子供の頃の 楽しい日々に重なって、懐かしさと、ほのかな淋し さを心に満たす。



『だいじょうぶ?』

『おねえちゃん、いっしょにあそぼ!』

集まってきた子供たちに、娘はふふっと目を細め る。

枯葉の上に、雨とは違う、一粒の煌めきがそっ と落ちた。



 その時、さらさらと、一陣の風が通り抜けた。

 再び目を開けると、娘は、忘れられて荒れ果てた もとの広場に戻っていた。



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