百年の満月
「……まさか、博士が本当のことを言ってるとは思わなかった。」
まだ見知らぬ街の路地を、幾つか折れた袋小路にたたずむ、小さな店。
その前にぽつりと一人立って、僕は思わずそうつぶやいた。
僕は手にひろげたままの、何処かくせのある筆致で描かれた地図の紙片に、もう一度
目を遣る。
飾り気のない店先のショーウィンドには、青や透明な乳白の、掘り出したままのよう
な鉱石や、チェックや幾何学模様の色とりどりの絹の切れ端、碧や紅の細やかな鳥の羽
などが、つつましやかに並んでいる。
だけどその硝子の飾り棚には、僕が、ひいては博士が求めているものは見つからなか
った。
しばし迷いながらも、僕はそっと店の扉を開いた。
扉の鈴がちりん、ちりんと奏でた、軽やかな音に後押しされて、狭い店の中へと足を
進める。
店の中には、客も店員の姿も見えなかった。幾つかの木製の飾り棚に目をやるが、品
物はそんなに多くはない。
藍色の矩形に月や惑星が描かれたポストカード、星座早見盤、ミニチュアの銀色の天
体望遠鏡。
割合としては空に関するものが多いが、眠る黒猫の陶器の置物、何故かゼリービーン
ズなんてものもあったりする。
そんな雑多な品達を、人がいないことにちょっとほっとした気分で、僕は眺めて店内
を巡る。
「……驚いた。本当に、あったよ。」
店の一番奥、年代物のレジが乗ったカウンターの脇の、硝子箱の中。そこに、僕は探
していたものを見つけた。
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