百年の満月 / page1


百年の満月 「……まさか、博士が本当のことを言ってるとは思わなかった。」  まだ見知らぬ街の路地を、幾つか折れた袋小路にたたずむ、小さな店。  その前にぽつりと一人立って、僕は思わずそうつぶやいた。  僕は手にひろげたままの、何処かくせのある筆致で描かれた地図の紙片に、もう一度 目を遣る。    飾り気のない店先のショーウィンドには、青や透明な乳白の、掘り出したままのよう な鉱石や、チェックや幾何学模様の色とりどりの絹の切れ端、碧や紅の細やかな鳥の羽 などが、つつましやかに並んでいる。  だけどその硝子の飾り棚には、僕が、ひいては博士が求めているものは見つからなか った。  しばし迷いながらも、僕はそっと店の扉を開いた。  扉の鈴がちりん、ちりんと奏でた、軽やかな音に後押しされて、狭い店の中へと足を 進める。  店の中には、客も店員の姿も見えなかった。幾つかの木製の飾り棚に目をやるが、品 物はそんなに多くはない。  藍色の矩形に月や惑星が描かれたポストカード、星座早見盤、ミニチュアの銀色の天 体望遠鏡。  割合としては空に関するものが多いが、眠る黒猫の陶器の置物、何故かゼリービーン ズなんてものもあったりする。  そんな雑多な品達を、人がいないことにちょっとほっとした気分で、僕は眺めて店内 を巡る。 「……驚いた。本当に、あったよ。」  店の一番奥、年代物のレジが乗ったカウンターの脇の、硝子箱の中。そこに、僕は探 していたものを見つけた。




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