深い紺色をたたえた硝子製の円い蓋、そして一から十二の代わりに、旧い字体でN、
E、S、Wの文字が四方に描かれた文字盤。
そして中心軸には希少な蒼い鉱石を据え、その周りを幾つかの歯車やぜんまいが取り
巻き、ふたつの針へと繋がっている。
僕は、懐中というにはやや大きい、不思議な意匠の時計を、少しだけ感慨をもってし
ばらく見つめていた。
「その月時計、気に入った? 壊れているから、月は映さないのだけど。」
不意に、空のほうから低く柔らかい声が流れてきて、僕はびっくりして硝子箱に向け
ていた顔を上げた。
「でも、ごめんね、その時計は売り物じゃないんだ。大事な品物なのでね。」
声の方を見上げると、カウンター脇に隠れていた狭い木製の階段に、女の人がちょこ
んと座っていた。
組んだ膝にひじをついて、地軸くらいの角度に首を傾げて、面白そうに僕を見つめて
いる。
「……ある人から、この月時計を直して欲しいと、依頼を受けて来たのですが。」
僕は何処か釈明でもするような心持ちで、言葉を返した。何故だか微かな緊張が走っ
て、ほんの少し身体が熱くなる。
「ああ、じゃあ君が助手さん、だね。博士から手紙が届いていたよ。月時計を、直させ
て欲しいって。」
少し驚いたように目を開いてから、狭い段の上にすらりと立ちあがると、女の人は軽
やかに階段を駆け降りてくる。
飾り紐で無造作に後ろに束ねた、腰ほどまである黒髪が、ふわりと軌跡を描いた。
「じゃあ、あなたが、『鳥』?」
目の前に立った女の人の瞳を見上げて、僕は確かめるように尋ねる。
濃紺のデニムをはいた足はすらりと長くて、瞳の位置も僕よりも数センチ高い。
女の人は、髪と同じように黒いその瞳を一瞬きょとんとしたように開いて、それから
悪戯っぽく微笑って、ふわりと細める。
「博士が、そう言ってたんだ……面白いね。じゃあ、それがわたしの呼び名。君は『助
手さん』で、いい?」
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