「ほう、留学が決まったか。どこの街だね? まあ、座ってコーヒーでも飲み給え。」
博士はいかにもくつろいだ風情でコーヒーを飲みながら、首を傾げて尋ねた。
僕は博士の勧めに応じて、椅子に座って、珍しく博士がいれてくれたらしき珈琲を一
口のむ。
そのとたん、予想だにしないあまりの甘さに、僕は激しくむせ返った。
「角砂糖、六つほど入れておいたが、多すぎたかね?」
むせる僕に、博士はまるで悪戯が成功した子供のように笑いかける。
僕は中央都市の大学で、鉱石工学の助手をしている。
子供の頃から、鉱石の原石を集めたり、石に月や日の光をあてて反応させたり、鉱石
のラジオとか細かい工作をするのが好きだった。
言ってみれば、その子供の頃からの趣味を、研究という名のもとに大人になっても続
けてる、という言い方も、まあ、できなくはない。
それでも一応は歴史のある工学分野で、学ぶことは山ほどあり、実験にも慎重な準備
と精密な測定が必要で、僕を含めて研究者達は決して遊んでいるわけではない。
とは言え、他の分野に比べると、何処か変な研究者が多いのも、また事実だと思う。
変という言葉が悪ければ、子供っぽいと言ってもよい。
僕の指導教官である博士も、鉱石工学界では月鉱石の分野の権威なのだけど、子供っ
ぽさでもまた、ある意味権威だった。
人柄は良いじいさんなのだけど、とかくたわいもないジョークで人をかつぐのが大好
きで、特に助手として側にいる僕は、格好の獲物だった。
だから、遠い田舎街の大学への、短期間の研究留学が決まった時には、これでしばら
く静かに研究できると、ちょっと嬉しかった。
「……不思議な偶然もあったものだ。」
僕が留学先を告げると、ちょっと驚いたように、博士はそうつぶやいた。
そうして、それまでは何か悪戯を考えている子供のような顔で話していたのに、急に
研究者らしい真面目な表情になって、何かを考え込みはじめた。
何処か深刻そうに、旧い本棚にしまわれた研究書を読み解くような、遠い表情のままで。
そして、思考の淵から戻ってくるやいなや、博士はこんな風に切りだして、思いもよ
らぬことを語りはじめた。
「君に、ひとつ頼みがある。月読鳥の民とその時計についての言い伝えは知っているかね。」
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