初めて出逢った時には束ねられていた髪は、今は彼女の軽やかな動きと通り過ぎる夜
風に、さらさらと揺れる。
くるりと振り返ったその瞳は、まだ細められていたが、すこし真剣な、綺麗な黒を帯
びているように、見えた。
どうして、この『鳥』は、ずっと人の姿のまま、空に還れないでいるのに、こんなに
無邪気で、綺麗な瞳をしているのだろうと、想う。
月時計にもう一度月を点して欲しいと真面目な目で語った、博士のことが頭をよぎる。
結局、何も言葉を返せないまま、僕は舗道に立ち尽くす。
遠くに、先程よりもほんの少し高く、幾つもの街灯の白い光に混じって、満ちた月、
ひとつ。
「助手さんって、優しいんだね。今、ちゃんと本気になって月読鳥のこと、真摯に考え
てた。」
何も答えられないままの僕に、不意に目を細めて、『鳥』はクスクスと微笑む。
「……多分、臆病なだけだよ。昔から、そうだった。」
自分に少し嫌気がさした僕は、彼女から視線をそらして、無意識に月を見上げて、ひ
とりごとのようにつぶやく。
「鳥は鳥、助手さんは助手さん、だから。でも、優しいのと臆病なのとは、きっと、違
うよ。」
*
月の回転周期に合わせて、真鍮の歯車の回転速度を調節して。
鉱石が蓄える、目に見えないほどに淡い青の光を、細やかな駆動部に繋げて。
自分の研究の合間に少しずつしか手を入れられなかったけど、それでも月時計は徐々
にその機能を取り戻してゆく。
時はあっという間に流れて、小さな田舎街は、もう冬を迎えていた。
相変わらず、研究漬けの日々だったけれど、僕にとっては楽しい日々だった。
その要素の一つに、『鳥』との会話があったことは、否定できないのだが。
月時計は、既に時を刻めるまでに修復されていた。
カチ、カチと、時の経過を告げる規則正しい秒針の音色を聴いていると、この楽しい
日々の終わりがそう遠くないことを、実感してしまう。
それでも、僕は『鳥』を空に還すために、少しずつ月時計を直してゆく。
まだ、彼女の出した問いに対する、解をみつけていないままで。
*
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