「舞い降りる雪は、言えなかった言葉なんだって。」
文献調査を終えて旧図書館棟を出た僕達の目に飛び込んできた、細やかな粒子に目を
止めて。
僕は、ふと遠い昔の物語に綴られた一節を想いだした。
「そう、いつか読んだおはなしに書いてあった。」
「それは面白い学説だね。」
横目で僕を見て、少し首を傾げながら、彼女は僕に感想を述べる。
「言えなかったから、こんなに綺麗なのかもね。ほら、万華鏡みたいだ。」
突然、ふわりと微笑んで、赤いセーターの両腕を地球に水平に伸ばして。
宙を見上げながら、夜の大学のキャンパスで、彼女はくるくると円を描く。
彼女の腕の宇宙の中に、ふわふわと真白い言葉達が降りてくる。
氷の結晶となって、幾千もの、雪のひとひらとなって。
彼女の描く円の中で、言葉はくるくると回転し、幾重にも白い六角の像を結ぶ。
あたかも、無彩色の鉱石を封じた透明な万華鏡のように、刻々とその模様を変えて。
そうして、誰にも届かないまま地面に落ちて、そのまま薄れて消えてゆく。
暫く、楽しそうに自転していた彼女は、急に、その地軸をぴたりと停めた。
顔に降りる雪の冷たさにも構わずに、そらを見上げたままで。
「……なんだか、ひとの生命みたいだ。」
僕は、ただ黙って、そんな彼女の横顔を見つめている。
きっと、自らは変わらないままで、博士や、沢山の大切な人達が老いて消えてゆくの
を見てきた、『鳥』の横顔を。
その時、ようやく僕は、はっきりと自覚した。
『鳥』に向けて、届くことのない僕のちいさな言葉が、確かにこの胸の内に生まれて
いたことを。
その、ちいさな言葉は、ひとひらの雪となって、ふわりと地面に舞い降りて、消えた。
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