「雪が、地面に降りて溶けてしまったら、もう、何も残らないんだね。みんな、一夜の
幻なんだね。」
臆病な僕は、雪となってしまった言葉の代わりに、こんなことをつぶやく。
言えなかった言葉も、人の生命も、みんな微かな瞬きのように、すぐに過ぎ去って、
幻燈のように消えてしまう。
そう想うと、僕はまるで宇宙に投げ出された塵のように、切ないほど、ひとりになっ
た気がして、思わず瞳を閉じた。
「そんなこと、ないと思うよ。今は見えないけど、ほら。」
目を開くと、僕よりも背の高い彼女がすらりと立って、道しるべのように、天を指差
していた。
「月がいつも見てくれてるから。」
「えっ……?」
聞き返す僕に、彼女はくすっと微笑んで、灰色の闇に包まれた天を、ほら、ともう一
度確信を持って、指差す。
「雪が消えてもずっと憶えていて、いつまでも輝いてくれるから。だから、月読鳥の民
は、月を導べにするんだよ、きっと。」
「……そっか。」
彼女は、いつか、月読鳥の民は強くないのだと思うと、言った。
だけど、月時計を手にした彼らは、きっとどんな鳥よりも、強い翼を持つのだろうと、
僕はふと、思った。
彼らは、迷うことなく、いつも信じているから。
たとえ空の果てで自分が消えても、その想いをこめて、ずっと月は輝いてくれる、と。
「……きっと、だから博士は、もう一度月時計に月を灯したいんだと、思うんだ。」
ぽつりと冷たい空気に残した、『鳥』のそんなつぶやきを吸収して、一夜限りの雪は、
まだ降り続いていた。
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