百年の満月 / page12


「雪が、地面に降りて溶けてしまったら、もう、何も残らないんだね。みんな、一夜の 幻なんだね。」  臆病な僕は、雪となってしまった言葉の代わりに、こんなことをつぶやく。  言えなかった言葉も、人の生命も、みんな微かな瞬きのように、すぐに過ぎ去って、 幻燈のように消えてしまう。  そう想うと、僕はまるで宇宙に投げ出された塵のように、切ないほど、ひとりになっ た気がして、思わず瞳を閉じた。 「そんなこと、ないと思うよ。今は見えないけど、ほら。」  目を開くと、僕よりも背の高い彼女がすらりと立って、道しるべのように、天を指差 していた。 「月がいつも見てくれてるから。」 「えっ……?」  聞き返す僕に、彼女はくすっと微笑んで、灰色の闇に包まれた天を、ほら、ともう一 度確信を持って、指差す。 「雪が消えてもずっと憶えていて、いつまでも輝いてくれるから。だから、月読鳥の民 は、月を導べにするんだよ、きっと。」 「……そっか。」  彼女は、いつか、月読鳥の民は強くないのだと思うと、言った。  だけど、月時計を手にした彼らは、きっとどんな鳥よりも、強い翼を持つのだろうと、 僕はふと、思った。  彼らは、迷うことなく、いつも信じているから。  たとえ空の果てで自分が消えても、その想いをこめて、ずっと月は輝いてくれる、と。 「……きっと、だから博士は、もう一度月時計に月を灯したいんだと、思うんだ。」  ぽつりと冷たい空気に残した、『鳥』のそんなつぶやきを吸収して、一夜限りの雪は、 まだ降り続いていた。     *




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