ここ数日降り積もった雪で、キャンパス内も一面真白に染まっていた。
青白い月影を受けて、雪が微かに銀色に輝いている中庭を、僕は白い息をはきながら
走る。
あの満月の夜に、僕は軽い気持ちで言った。月時計は、ひとりで空を飛ぶための、想
いを貯める充電池のようなものだ、と。
ならば、月時計に月を灯して、彼女を空に還したいならば、多分、僕は想いを月時計
に伝えなければならない。
博士のではなく、僕の、届くことのない、雪のひとひらを。
そう確信した僕の心の中で、あの満月の夜の問いに対する解は、もう自明になっていた。
中庭から街へと続く門の手前で、僕は何とか『鳥』に追いついた。
「どうしたの、助手さん?」
息を切らせた僕を不思議そうに見つめる彼女に、僕は答える。
「わかったんだ。月時計の月の答えと、ずっと前に君が出した、問いの答え。」
僕はそれ以上何も言わずに、彼女の首に銀の鎖に繋がった月時計をかける。
積もった雪に反射した淡い銀色の月明かりの中で、胸に青い月時計を携えて、すらり
と立つ、彼女。
何だか、この一瞬にも、鳥の姿に戻って、夜天へと飛び立ってゆきそうな気が、して。
「きゃ……!」
満月が見ているその下で、そのまま、僕は、『鳥』を、静かに抱きしめた。
「……まさか、そうくるとは思わなかった。」
驚いて、ぽつりとつぶやいた『鳥』の身体は、硬くなって、少し震えているように、
思った。
月時計が秒を刻む音と、それより少し早い旋律で響く、彼女の鼓動。
ほっそりとした背は、一夜限りの雪のように、手放せばすぐ消えてしまいそうな、も
ろくてはかない、人のかたち。
天球に灯る月の色のように冷たい夜の空気の中では、あまりにもささやかで、あたた
かい体温を抱きしめて、僕は想う。
『鳥』が、ひとりでも空を飛んでゆけるように、月時計に想いを貯めるために、届く
ことのない想いを。
僕は、君のことが、好きだ、と。
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