百年の満月 / page14


 ここ数日降り積もった雪で、キャンパス内も一面真白に染まっていた。  青白い月影を受けて、雪が微かに銀色に輝いている中庭を、僕は白い息をはきながら 走る。  あの満月の夜に、僕は軽い気持ちで言った。月時計は、ひとりで空を飛ぶための、想 いを貯める充電池のようなものだ、と。  ならば、月時計に月を灯して、彼女を空に還したいならば、多分、僕は想いを月時計 に伝えなければならない。  博士のではなく、僕の、届くことのない、雪のひとひらを。  そう確信した僕の心の中で、あの満月の夜の問いに対する解は、もう自明になっていた。  中庭から街へと続く門の手前で、僕は何とか『鳥』に追いついた。 「どうしたの、助手さん?」  息を切らせた僕を不思議そうに見つめる彼女に、僕は答える。 「わかったんだ。月時計の月の答えと、ずっと前に君が出した、問いの答え。」  僕はそれ以上何も言わずに、彼女の首に銀の鎖に繋がった月時計をかける。  積もった雪に反射した淡い銀色の月明かりの中で、胸に青い月時計を携えて、すらり と立つ、彼女。  何だか、この一瞬にも、鳥の姿に戻って、夜天へと飛び立ってゆきそうな気が、して。 「きゃ……!」  満月が見ているその下で、そのまま、僕は、『鳥』を、静かに抱きしめた。 「……まさか、そうくるとは思わなかった。」  驚いて、ぽつりとつぶやいた『鳥』の身体は、硬くなって、少し震えているように、 思った。  月時計が秒を刻む音と、それより少し早い旋律で響く、彼女の鼓動。  ほっそりとした背は、一夜限りの雪のように、手放せばすぐ消えてしまいそうな、も ろくてはかない、人のかたち。  天球に灯る月の色のように冷たい夜の空気の中では、あまりにもささやかで、あたた かい体温を抱きしめて、僕は想う。  『鳥』が、ひとりでも空を飛んでゆけるように、月時計に想いを貯めるために、届く ことのない想いを。  僕は、君のことが、好きだ、と。




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