「……え?」
僕は、心底驚いて、彼女をまじまじと見つめる。彼女も、何があったのかといった風
で、不思議そうに僕を見つめ返す。
「『鳥』、君は正真正銘の、月読鳥の民じゃないの?」
彼女は黒い瞳をまんまるに見開いて、きょとんとして何を言ってよいかわからぬ風情
で、ゆっくり首を横に振る。
その信じられない彼女の答えに、僕の頭脳は混乱を極めながらも、この状況を把握す
るために風車のように急回転を始める。
やがて、鉱石工学の研究者としての僕の思考は、信じたくない一つの解にゆきあたった。
心底認めたくないが、全ての思考の針が指し示している、解に。
「……あの、くそじじい!」
*
近くの立ち売りの店で二人分コーヒーを買って、寒空の下、中庭のベンチで月を見な
がら、僕は博士の話したことを全て話した。
遠い夜空を目指して、カップから細くて白い湯気が舞い上がって、寒い空気へと同化
してゆく。
彼女は、僕の話を聞いてから、ずっとくすくすと笑っている。
「博士の仮説と助手さんの解釈には、合わせて三つの誤りが存在します。その誤りを、
観測される事象から導きなさい。」
まだ楽しそうにくすくす笑って、少し瞳に涙を浮かべながら、『鳥』は僕に問いを掛
ける。
「『鳥』が、月読鳥の民ではないこと。博士が恋をしたのは、『鳥』ではなくて、『鳥』
のおばあさんであること。……あれ、あと一つは?」
僕はこの後に及んで、まだ何かだまされているのかと、必死に解を探す。
だが、そんな僕にくすっと微笑んで、彼女は意外な三つ目の解を示した。
「月時計を壊したのは、博士ではなくて、私のおばあちゃんであること。」
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