百年の満月 / page17


 一足先にコーヒーを飲み終わって、彼女はすっと立ちあがる。  天上にひときわ強く灯る、本当の満月の明かりが、彼女の形の影法師を寒々しい地面 に描く。 「月時計は、おばあちゃんの旧い友達だった月読鳥の民の、形見だったの。」  ようやく笑い止んだ『鳥』が、新しい仮説を、今度は逆に僕へと話す。 「おばあちゃんは、その月時計を舞台に持って、友達のことを思いながら月読鳥の娘を 演じた。そして、その娘と、若い鉱石工学の学者が恋に落ちた。」 「その学者は、もう動かなかった時計を復元して月を灯したの。そんな月時計は二人に とって大切な、想い出の品だった。」  彼女の仮説に、僕は少なからず感慨を抱かずにはいられない。僕が半年かかって導き 出した答えを、遠い昔、同じように博士が解いていた、事実に。   「でも、最後には、学者は自分の研究を究める夢のために、娘と別れた。その時に、娘 が月時計を壊したんだ。」  話し終えると、彼女は少しほっとしたように、空気にちいさな白い吐息を浮かべて、 もういちどベンチに座った。 「今では、おばあちゃんも後悔してる。……きっと、博士の月をもう一度灯したいとい う願いだけは、嘘じゃないと、思う。」  そんな彼女の言葉に、僕はあの日の博士との会話を思い返す。  そういえば確かに、頼みを僕に話す前に、博士は言っていた。これから話すことだけ は、真実の頼みだと。  つまり、僕に頼む前の、月読鳥の民の話は、全てほら話だったというわけだ。  そんなほら話を打ってでも、僕に頼んででも、月をもう一度灯したかった、博士。 「でも助手さん、もし私が月読鳥の民だったら、これだけ部品が揃っていればとっくに 自分で直せてると、思わない?」  そんな僕の物思いをよそに、彼女はまた思いだしてしまったかのように、くすくすと 楽しそうに微笑む。 「……確かに。」  答えつつも、気づかなかった自分に思いっきり腹が立ってきて納まらない。  さらに、臆病だったために、本当のことを何も彼女に聞きだそうとしなかった自分に。




→Next

ノートブックに戻る