一足先にコーヒーを飲み終わって、彼女はすっと立ちあがる。
天上にひときわ強く灯る、本当の満月の明かりが、彼女の形の影法師を寒々しい地面
に描く。
「月時計は、おばあちゃんの旧い友達だった月読鳥の民の、形見だったの。」
ようやく笑い止んだ『鳥』が、新しい仮説を、今度は逆に僕へと話す。
「おばあちゃんは、その月時計を舞台に持って、友達のことを思いながら月読鳥の娘を
演じた。そして、その娘と、若い鉱石工学の学者が恋に落ちた。」
「その学者は、もう動かなかった時計を復元して月を灯したの。そんな月時計は二人に
とって大切な、想い出の品だった。」
彼女の仮説に、僕は少なからず感慨を抱かずにはいられない。僕が半年かかって導き
出した答えを、遠い昔、同じように博士が解いていた、事実に。
「でも、最後には、学者は自分の研究を究める夢のために、娘と別れた。その時に、娘
が月時計を壊したんだ。」
話し終えると、彼女は少しほっとしたように、空気にちいさな白い吐息を浮かべて、
もういちどベンチに座った。
「今では、おばあちゃんも後悔してる。……きっと、博士の月をもう一度灯したいとい
う願いだけは、嘘じゃないと、思う。」
そんな彼女の言葉に、僕はあの日の博士との会話を思い返す。
そういえば確かに、頼みを僕に話す前に、博士は言っていた。これから話すことだけ
は、真実の頼みだと。
つまり、僕に頼む前の、月読鳥の民の話は、全てほら話だったというわけだ。
そんなほら話を打ってでも、僕に頼んででも、月をもう一度灯したかった、博士。
「でも助手さん、もし私が月読鳥の民だったら、これだけ部品が揃っていればとっくに
自分で直せてると、思わない?」
そんな僕の物思いをよそに、彼女はまた思いだしてしまったかのように、くすくすと
楽しそうに微笑む。
「……確かに。」
答えつつも、気づかなかった自分に思いっきり腹が立ってきて納まらない。
さらに、臆病だったために、本当のことを何も彼女に聞きだそうとしなかった自分に。
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