百年の満月 / page9


「どうよ?」  気がつくと、少し照れくさそうな、それでいて何処か自慢気な表情を浮かべて、『鳥』 が目の前に立っていた。   「……『鳥』、男役だったの?」  何だか、感じたことを言葉にできなくて、代わりにこんなことを言ってみる。 「もう、どうしてそうなるのよっ!」  彼女は少しむっとした風でそう言い放つと、背を向けて、さっさと街の方へと歩いてゆく。  その、遠ざかる背中に、僕は一瞬迷った後で、やや遠まわしな物言いで、こう尋ねた。 「月読鳥の娘は、やっぱり鳥の姿に戻って、空に戻りたいんだろうか。」  『鳥』は、少し驚いたようにぴたりと足を止める。その沈黙の隙間をぬうように、冷 たい秋の夜風が、舗道低く通りすぎていった。 「……もし私だったら、やっぱり人の姿をしていても、鳥は鳥だから、と思う。」  振り向いて、ひざに両手をついて少しかがんで、彼女は答えた。 「そうか……。ねえ、『鳥』、どうして月読鳥の民は、人の姿をとるのだろうね?」 「たぶん、一人で空を飛びつづけるため、だと思う。」 「え?」  僕は、そんな彼女に追いつこうと軽く駆けながら、思わずきき返した。 「月読鳥は、多分、他の鳥達ほど強くないんだと思う。だから、人の姿をとって、出逢 った大切な人達の想いを抱きしめて、はじめて一人で空を飛べるんだと思うんだ。」 「だとすると、もしかしたら、月時計も単に月の満ち欠けや方位を示すだけでなくて、 想いを貯める充電池みたいなもの、かもしれない。」 「助手さん、その学説、きっと論文に書けるよ。」  楽しそうに目を細めて、彼女は両手を翼のように広げて、石畳の舗道を軽く駆ける。  北の街の、冷たい秋の夜気に、彼女の白い吐息が綿雲のように浮かぶ。 「逆に、助手さんだったら、どうする?」 「え?」 「助手さんだったら、もしも月読鳥の娘が好きになってしまったら、空へ還す? それ とも、月時計を壊す?」




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