「どうよ?」
気がつくと、少し照れくさそうな、それでいて何処か自慢気な表情を浮かべて、『鳥』
が目の前に立っていた。
「……『鳥』、男役だったの?」
何だか、感じたことを言葉にできなくて、代わりにこんなことを言ってみる。
「もう、どうしてそうなるのよっ!」
彼女は少しむっとした風でそう言い放つと、背を向けて、さっさと街の方へと歩いてゆく。
その、遠ざかる背中に、僕は一瞬迷った後で、やや遠まわしな物言いで、こう尋ねた。
「月読鳥の娘は、やっぱり鳥の姿に戻って、空に戻りたいんだろうか。」
『鳥』は、少し驚いたようにぴたりと足を止める。その沈黙の隙間をぬうように、冷
たい秋の夜風が、舗道低く通りすぎていった。
「……もし私だったら、やっぱり人の姿をしていても、鳥は鳥だから、と思う。」
振り向いて、ひざに両手をついて少しかがんで、彼女は答えた。
「そうか……。ねえ、『鳥』、どうして月読鳥の民は、人の姿をとるのだろうね?」
「たぶん、一人で空を飛びつづけるため、だと思う。」
「え?」
僕は、そんな彼女に追いつこうと軽く駆けながら、思わずきき返した。
「月読鳥は、多分、他の鳥達ほど強くないんだと思う。だから、人の姿をとって、出逢
った大切な人達の想いを抱きしめて、はじめて一人で空を飛べるんだと思うんだ。」
「だとすると、もしかしたら、月時計も単に月の満ち欠けや方位を示すだけでなくて、
想いを貯める充電池みたいなもの、かもしれない。」
「助手さん、その学説、きっと論文に書けるよ。」
楽しそうに目を細めて、彼女は両手を翼のように広げて、石畳の舗道を軽く駆ける。
北の街の、冷たい秋の夜気に、彼女の白い吐息が綿雲のように浮かぶ。
「逆に、助手さんだったら、どうする?」
「え?」
「助手さんだったら、もしも月読鳥の娘が好きになってしまったら、空へ還す? それ
とも、月時計を壊す?」
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