僕の臆病な思考よりも先に、灰青色の翼が素直に君の想いと、そして僕の心の奥の想 いに応えた。 夜の藍色をほどいてゆく風に揺れながら、遠くまで飛ぶ力を得た翼が無意識のうちに、 まだ淡い光の中で大きく拡がった。空の、蒼を求めて。 自らの翼に後押しされて、思考はゆっくりとついてきた。 君が、一緒に飛ぼうと言ってくれるなら。君がずっと手を繋いでくれるなら。 僕は、君について空を飛びたい。君と一緒に、何処までも広がるこの世界を、見たい。 きっと、世界に一組くらい、ひとりきりで飛ばない鳥がいたって、構わない。 僕は、君の手を強く握り返して、ちいさく頷いた。 灯火のように輝く紅い翼と、雨上がりの朝のような灰青色の翼を持った、ふたりでひ とりの鳥。 その鳥は大地を蹴り、はじめて飛んだ空よりも、遥かに高く、高くへと『宿り樹』を 巣立ってゆく。 繋いだ手に、何処までも飛ぶための力と想いを携えて。 そんなふたりの翼を、東から吹いてくる明け方の風が迎え入れるように撫でてゆく。 夏という季節の始まりを告げるその風は、微かに湿り気を含みつつも、夏空の深い蒼 を呼ぶように透き通って流れ、ふたりの後方へと別れてゆく。 そして、その風が生まれた東の天空と大地が交わる境界から、光が周囲に満ちてくる。 −−見て、すごい……! 褐色の瞳に映し出されてゆく夏の朝の目覚めに、君はちいさく呟いた。 夜天の藍色と群青に包まれて、闇の濃淡だけを宿していた世界に、光と色彩が満ちてゆく。 眼下の樹々が宿す緑色は、初夏の空気を吸い込んで、子供の頃枝の下から見上げた時 よりもずっと濃く、深い碧に染まっている。 小さな生物達の気配が息づく碧色の波間には、水の流れがまるで細い銀の糸のように、 ちらちらと輝いている。その碧が途切れる遥か彼方では、乾いた褐色の岩山が連なり、 その峰で僅かに空を切り取っている。 でも、僕達が属する空は、そんな地上の色彩から解放されて、ずっと孤高な蒼を保ち 続ける。空気の粒子の流れに、微かにその階調を変化させながら。 そんな僕達を見下ろすように、さらなる高層には、かすれたように淡く真白い雲が、 緩やかに自らの旅を続けている。 そんな夏の始まりの世界が、僕達の前にゆっくりと扉を開いてゆく。 −−ありがとう。 そんな光景を目の当たりにしながら、僕はぽつりと君に呟く。 諦めていた空と、世界へと導いてくれた、かけがえのない紅い翼に。 −−ねえ、あたし、行ってみたいところがあるんだ。 すっかり長くなった髪をなびかせて振り向いて、君は楽しそうに言う。 −−あたし、『海』に行ってみたいの。 −−『海』に? 僕はちょっと驚いて訊ね返す。『海』とは、鳥の世界と人間の世界を分かつ、真白い 霧に包まれた境界のことだ。鳥も、人間も、一部の例外を除いてはこの『海』を越える ことはできない。 −−うん。『海』の彼方に燈る、人間達の寄りそって暮らす灯りが、あたしに繋がる誰 かの記憶の中にくっきりと残っているの。一度自分の目で、見てみたくて。 ちょっと悪戯っぽく笑って、どうよ、と軽く首を傾げる。 その額に流れる髪、そしてお揃いの色の翼が、君の背後に昇りゆく陽のひかりを受け て、まぶしく輝く。 世界を彩る、どんな色よりも綺麗な、僕の大好きな紅色に。 −−一緒に行こう、『海』まで! 繋いだ手を強く握りしめて、僕達の翼は『海』を目指して駆け始める。 Fin. |
LOIREのイツキリョウさんから、1000HitのGet記念に頂きました。 しかも前回よりも極悪な、「『COLORS』のイメージで、可能ならばらぶらぶで(笑)」というリクエスト付き(笑) 翼を持った、らぶらぶな(笑)子供達、可愛すぎです〜!! 勝手に、下の子が男の子で、上の子が女の子しかも男の子より気が強い(笑) ……とか頭の中で設定をふくらましちゃったり(笑) ありがとうございました〜v 頂いて四ヶ月も経ってから、おもむろにおはなしを書いてみたり(笑)
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