遠い東の空から、風が届く。 凪いだ波がみぎわの砂をやわらかく洗うように、静かに流れる明け方の風。 その風は、夜天に細やかに織り込まれた藍色の糸を、少しずつほどいてゆく。 ひとすじ、ひとすじ、風が糸をほどいてゆく毎に、夜は菫色へと拡散して溶けてゆく。 さらさらと微かに音を奏でる風を見上げたまま、君は僕の手をきゅっと握る。 振り向かずに、ただその強く繋いだ手のひらから、一緒に行こう、と想いを伝えて。 −−本当に、いいの? −−鳥が、ひとりで旅をしなきゃいけないなんて、誰が決めたっていうの? すこし怒ったような声で応えながら、はじめて君は僕の方を振り向いた。 明け方の淡い光の中でも、灯をともしたように輝く君の紅い髪は、成人した今では、 ほっそりとした背まで伸びて緩やかに流れている。 だけど、何処か悪戯っぽい輝きを秘めた褐色の瞳は、子供の頃と全然変わってない。 そう、はじめてふたりで飛んだ、あの日と。 * 鳥は、自らの本能のままに、生命の灯が消えるまで空を駆けて旅を続ける。 果てなく広がる蒼い空の中を、ただ、ひとりきりで。 ひとりで飛ぶことは、遠く、遠く何処までも飛び続ける休まない翼を得るための、鳥 達の掟だった。 そんな鳥も、自らの記憶を繋げる子供達を生み、育てる時だけは小さな村に集う。 短い生命の時間の中で、旅の軌跡が交差し、懐かしく愛しい者達と出逢い、そして別 れてゆく、鳥達の仮の宿り。 ひとときその翼を休めるその集落は、『宿り樹』と呼ばれている。 僕達は、春の初めに同じ『宿り樹』で生まれて一緒に育った。 通常、鳥の子供はひとつの季節が終わるまでに、その翼を拡げ、羽ばたく力を得て、 風の捕まえ方や乗り方、そして陽や月や星座から方角を導き出す知識を、自ずから習得 してゆく。 新しい春が生まれてゆく空、はじめての雪の粒子が舞い降りる空、そんな季節の境界 の空にひとりで巣立ってゆくのに、備えて。 だけど、周りに春が満ちて『宿り樹』の梢が淡い緑色で一杯になる頃になっても、僕 の背に生えた翼は拡がろうとさえしなかった。 そして何より致命的なことに、空を飛びたい、世界を旅したいという、鳥ならばみん な心の底に根ざしているはずの想いが、僕には欠けていた。 僕の母の、そのまた母親は、かつて翼を傷つけて墜ちた時に、本当ならばひとりで消 えてゆくところを『旅人』に助けられたと、大人の鳥から聞いた。 だからその身体を流れる鳥としての力が弱まって、孫である僕に影響が出てしまった のだろう、と。 でも、僕は自分が飛べないことが、出逢ったこともない祖母のせいだとは、思えない。 そんな訳で、幼い頃の僕はひとりで『宿り樹』の梢を見上げたり、大人達から夜空や 遠い『海』の話を聞いたりして、日々を過ごしていた。 やがて巣立つ日のために、日毎に飛ぶ力を育ててゆく、他の子供達からは離れて。 そんな僕の事を気遣ってくれて、よく遊びに誘ってくれたのが、君だった。 朝焼けの空の紅色のような、明るく輝く髪と翼を持つ君は、女の子ながらどの子供よ りもいち早くその翼に力をつけて、大人達を困らせるくらいやんちゃに跳ね回っていた。 褐色の瞳を、いつもきらきらと悪戯っぽく輝かせながら。 そんな君が飛べない僕のことを構うのが、少し不思議には思っていた、けど。 |
LOIREのイツキリョウさんから、1000HitのGet記念に頂きました。 しかも前回よりも極悪な、「『COLORS』のイメージで、可能ならばらぶらぶで(笑)」というリクエスト付き(笑) 翼を持った、らぶらぶな(笑)子供達、可愛すぎです〜!! 勝手に、下の子が男の子で、上の子が女の子しかも男の子より気が強い(笑) ……とか頭の中で設定をふくらましちゃったり(笑) ありがとうございました〜v 頂いて四ヶ月も経ってから、おもむろにおはなしを書いてみたり(笑)
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