豊穣の雨                   

                              motoji

   南の風が谷を 越えて吹いたら 
   女は また今年も 種を播くだろう 
   夏の日 光浴びて そよぐ麦草 
   それだけ 思いながら 種を播くだろう 


   harvest rain 音もなく降り注げ
   harvest rain 傷ついたこの土に


   明日目覚めた 命にも           
   同じ岸辺を 作るように          
   祈りのなかで さざめいた         
   娘の歌が 絶えぬよう           


 町の郊外から広がる小さく、それでいて深い森。その森の奥にそびえ立つ、
幾多の年をこの森で過ごした年老いた大樹。

 その大樹の上で、少年と娘は日没を待っていた。


 娘は巫女の子であり、後継者であった。その厳格な生活の中で、幼かった娘
の唯一の楽しみはこの森を歩くことだった。

 木漏れ日の中でさざめく鳥たちや、はしゃぐ妖精たちの歌、清らかで、その
水の冷たさが肌に心地よい小川、そして、森に一人ですむ同じくらいの歳の少
年。

            
 少年は、町の子供たちが知らない色々なことを教えてくれた。可愛い音色が
する木の葉の笛の作り方や、さまざまな草花で作るおいしいお茶、天をめぐる
星座の種類。

 でも、何よりもすばらしいのは、この森の奥の大樹だった。


 この大樹の一番上の枝に座ると、さまざまな光景が目に入る。
 小さいが活気づいた町の港に、小型の漁船が出入りしている。さらに、真白
い帆をなびかせた帆船も。

 そして、そこに広がる暖かくも青い海の色。

 それらが二人の幼い日の世界の全てだった。そしてたった今二人が待ってい
る光景も。



 日が海に沈みはじめた。一日の最後の日の光が海に満ちる。その光に包まれ
たはるかなる西の海の果て、そこに巨大な宮殿が見えた。

 尖塔、丸屋根の神殿、そして王の城。夕日のあかね色に包まれてなお、その
宮殿は水色の輝きを投げかけていた。


 この大樹の上からしか、しかもこの日没の一瞬しか姿を見せない水色の宮殿。

 この神の悪戯とも言うべき幻燈は、娘と少年だけの秘密だった。そしてその
神の悪戯描きは、少年の心を魅了するのに十分だった。


「ぼくは、いつかあの宮殿に行くんだ。」    
娘がクスッと笑う。紫と紺の帳が黄昏をおおっていく。既に宮殿の水色はその
帳の紺に溶けこんでいた。          




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