時は流れた。娘は少女から若く美しい娘へと成長した。巫女としての務めと 学びが忙しく、自由な時間はほとんど失われたのだが、それでも空いた時間を 見て唯一のやすらぎである森へ足を運んだ。 少年もまた、たくましく明るい若者に成長した。二人は子供の時と同じよう に森で楽しく過ごした。 娘には、この楽しいひとときがずっと続けることができたらいいのにと思っ た。しかし、町での俗な暮らしのなかでなく森での自由な暮らしによって成長 したこの少年は、子供の頃の夢をずっと忘れることはなかったし、忘れること はできなかった。 水色の宮殿は今でも少年を導き寄せた。この森と娘を後に残すことになると しても、少年は夢をあきらめる訳には行かなかった。 少年が娘に別れを告げにきたのは、娘が16才になった日の夕方のことだった。 娘は一緒に行きたかった。しかしそれは許されないことだった。娘には、穣り をもたらす巫女としての務めという鎖があった。 たとえ、少年のことを想っていたとしても、娘の良心はこの鎖を断ち切ること を拒んだのだ。 そして、少年の夢は、もはや何をもってしても止めることはできなかった。 たとえ、それが娘の少年への想いであったとしても。 「かならず、君のもとに帰ってくる。君と過ごしたこの森へ。」 黄昏の中を旅立つ小さな船。娘は浜辺で少年を見送った後、森の奥の大樹に登 ってそれを見守った。 遥か彼方ながら、華やかに、大きくそびえ立つ水色の宮殿。それに向かい行く 少年の船は、娘の目にはあまりにも小さく見えた。 娘は祈った。自分が仕える神々に。無事に再びこの森に帰れるように、少年を 導いてくれるように。 夜の色が、残ったわずかな日の光を消し去っていく。それとともに、宮殿も少 年の船の姿も消えた。 祈りは届かず、少年が再び森へ帰ってくることはなかった。