ひとりになって、まだ胸に溢れてくるものを抑えながら、荷物を抱えて『燈火』のキ
ャノピーへと近づく。
そこに見た光景に、ずっと我慢していた胸のうちが、くしゃっと溢れてしまった。
「……もう、これじゃあ離陸できないじゃないのよ……。」
娘の身体の内から溢れた、温かな雨の滴がひとつ、ふたつ、花弁の上にこぼれた。
いったい誰が植えたのか、『燈火』を囲むようにして何時の間にか一面に咲いていた、
あの綿のような真白い花に。
暫くの間そろそろと静かに移動してから、娘を乗せた観測艇は、噴出音を残して空へ
と高く舞い上がってゆく。
「……少なくとも秋の祭りには、絶対来てくれないと困るけどね。」
飛翔してゆく『燈火』を目を細めて見上げながら、少年は悪戯っぽく呟く。
「秋の祭りには、同じ巫女が感謝の歌を捧げるのが決まりだからねぇ。」
少年に応えて、トキが張りのある声で笑った。
眼下に、集落の天幕が、麦畑が、南の峰の谷間が広がって、遠ざかってゆく。
ずっと眠り続けていた草達の種子があの雨で目覚めて芽を開いて、谷間は淡い黄緑の
彩りに覆われていた。
そんな谷間に別れの挨拶を送るように、双つの翼のランプを明滅させて、しばらく谷
間の周囲を巡回した。
まるで『燈火』のメモリにも、この谷の光景を憶えさせるように。
「『燈火』より、気象局観測艇コントロールセンターへ。本艇は長期観測任務を完了、
これより帰還します。」
機種を都市へと旋回させ、通信電波を都市に送信してから、操縦を暫くの間オートコ
ントロールモードにして、娘はそっと目を閉じる。
目を閉じると、今でも聴こえてくる気が、した。
青い髪の少女が、夕暮れの天幕の外で、あの降り注ぐ雨の中で歌っていた、雨を祈る
歌の歌声が。
−−私、あなたを、あなたの歌と豊穣の雨を、ずっと忘れない。
静かに心の中で少女へと想いを伝えて、そのまま心地よい歌声に身を任せる。
豊穣の雨を降らせた少女の歌声は、娘の胸の奥で、まるで雪の結晶のように澄んだ形
を結んで、遠くからずっと、ずっと聴こえていた。
Fin.
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