harvest rain


 降り注ぐ雨の名残をのせた、微かに湿った風が谷を通り抜けてゆく。  その風は、集落の外れへと向かう道すがらの畑を抜けて、日差しを受けて空へと精一 杯手を伸ばす、艶やかに色づいた麦の穂をさらさらと揺らしてゆく。  井戸の広場で、開拓の民達の喝采に包まれながら集落との別れを済ませて、少年とト キと一緒に『燈火』へと歩いてゆく。ちょうど、はじめてこの谷に着陸して、ふたりに 迎えられた時のように。  あの時、開拓の民の子供達を眺めて、白衣を纏った自分が酷く場違いに感じたをの憶 えている。  結局、帰る時もその白衣を着てゆくことにした。赤褐色の土と淡い青の砂埃に汚れた ままの白衣で。都市に帰ったら洗わなくてはいけないだろうけど、この谷間の土汚れと 共に学んだこと、心に刻まれたことは、きっと忘れない、と思う。 「まさか、局長さんの上を行くとは思わなかったねぇ。本当に雨を降らせちゃうなんて ……。まあ、局長さんにはさすがに巫女の役は無理だけどさ。」  一夜にして変化を遂げた大地の風景を眺めて、しみじみとトキが言った。 「本当に、気象局が嫌になったらあたしらと一緒に旅をしないかい? 開拓の民専属の 巫女さんになってもらいたいくらいだよ。」 「たまたま、私が歌った祭りの夜に雨雲が差し掛かっただけですってば。それに、巫女 の役もあんな大勢の前で歌を歌うのも、もうこりごりですから。」  冗談めかして言うトキに釘を刺すように、気象官の娘はわざとむっとした表情を浮か べて応える。 「僕は、巫女を見る目は結構あるんだぜ。」  悪戯っぽく笑って、少年がそんなことを言う。 「……まさか、あのくじ引き、貴方が何かしくんでいた訳じゃないでしょうね。」 「じゃあ、これで。本当にお世話になりました。」  観測艇まで三人で歩く、名残惜しい時間はあっという間に過ぎた。『燈火』の翼が見 えた場所で、娘はくるりと振り返って、あえて事務的に感謝と別れを告げた。 「ユキノ、さん。」  そんな娘の後ろ姿を、少年はそっと呼び止めた。  今まで聞いたこともなかった少年の呼びかけに、驚いて娘が振り返る。 「僕はしばらくこの集落に留まるつもりだ。だから、またこの谷に来てね……きっと、 あいつも、ユキノさんのことずっと待ってるから。」  少し照れくさそうに微笑んで、言葉を届ける少年。  そんな少年の言葉に、少年とあの青い髪の少女と過ごした日々の想いが、娘の胸に押 し寄せてきて、返す言葉が見つけられなかった。  だから、言葉はなしに、ただ黙って微笑んで、頷いた。

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