光降る朝


  北の山から舞い降りてくる冷たい夜風はさらさらと、村にまだ微かに
漂う祭りの後の熱気を、ゆっくりと攪拌してゆく。つい先程までの村人
達の賑わいや、華やかな踊りの楽の音は、いまや冴々と澄みわたる冬の
夜の空気の中に溶けこみ、残るのは眠りに就く前の人々の微かな息遣い
と、夜風が木々の葉を散らす静かなざわめきのみ。


  その小さな村を見下ろす、なだらかな丘にたった一本聳え立つ、古い
大樹の枝に座って、娘はずっと、夜風が届ける祭りの賑わいを、瞳を閉
じて聴いていた。


  今日は、一年で最も永い夜の訪れる日。その夜の始まりに、村人達は
今年一年の豊かな収穫への、平穏な日々への感謝を込めて祭りを行う。
村に満ちる陽気な笑い声、軽やかに奏でられる様々な楽器の調べ、踊る
娘達の手にした、リズムを取る銀色の鈴の音。そんな日常を離れた音達
が、あたかも遠い異国の調べの様に、大樹の懐に抱かれた娘のもとに届
く。


  娘はその調べを瞳を閉じて聴くのが好きだった。そして、ずっと昔か
らこうしてきた。



  やがて陽気な晩餐は幕を閉じ、人々は暖かい我が家の寝床で眠りへと
向かう。今日という日の夜、そして、冬という永い季節の夜二向けて。
それとともに、実りを終えた大地も、やがては真白い雪の毛布に包まれ
て春というあらゆる生物の朝まで、永い眠りへと就く。


  心地好い澄んだ静寂に、娘はそっと目を開けた。幻燈の様に瞬いてい
た祭りの明りはすでに無く、後には点々と、最後の感謝の祈りをする家
々の灯が残るだけで、それも一つ、また一つと消えてゆく。それを目に
した娘は優しく微笑み、そっと歌う様に囁く。


    おやすみ  今日と同じ朝が明日も来るように


  その時、ふと村はずれの道を歩く人影に気付いて、娘は囁きを止めた。
(おや、こんな時間に……?)
  娘は、夜の道を歩くその人影に意識を向けた。どうやら旅の詩人らし
く、やや困った表情で、寒そうに歩を進めている。


  少し考えた後、娘は薄い純白の衣をふわりとなびかせて、澄んだ夜の
空気に溶けこむ様な軽やかな足取りで丘を降り、詩人の後を歩いて行っ
た。



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