そら とぶ ゆめ Act.2  旅 人 / page1


旅 人  小さな手が、「機械」へと繋がる、白と黒の信号を送る。  まるで、暗闇の中で、手探りで何かを探すように。  だが、いくら鍵盤を押しても、その信号はついえて届かず、「機械」は音を奏でるこ とはなかった。  やがて、オルガン弾きの少年は、ふぅ、と諦めたようにため息をついた。   「せっかく遠くから来てくれたのに、ごめんね。」  鍵盤に乗せた手を止めたまま、振り向いて旅人に申し訳なさそうに呟く。 「ふたりの気分がうまく合わないと、うまく音が弾けないんだ。」 「そんな、気にしないでください。」  若い旅人は、幼い弾き手をなぐさめるように、不器用そうに少し微笑んだ。 「この精巧な、音を奏でる機械を見れただけで、充分満足ですから。」  時が降って、優しく深みのある褐色を帯びた、木と合成樹脂で作られた「機械」。  その大きな箱からは、外からの風を取りこんで呼吸をするための、真鍮製の管が何本 か突き出している。  そして、オルガン弾きの少年の向かう操作盤には、微かにクリーム色に和らいだ、白 の象牙の鍵盤と、褪せない深みを持つ黒の鍵盤が並ぶ。  白が三つに黒二つ、白が四つに黒三つと、規則的な旋律を繰り返して。  個々の鍵盤からは細い金属の管が伸びていて、音を奏でるために歯車やぜんまいで精 巧に編まれた、複雑な機構へと繋がっているのが見える。 「ねえ、こいつのこと、どう思う?」  操作盤の前に座って、旅人の方を振り向いたままで、オルガン弾きは尋ねる。 「そうですね……。」  長い時を越えて佇む、音を奏でる「機械」を見つめたまま、若い旅人は首を傾げる。 「とても古い「機械」なのに、何だか、若くて、生き生きとしている感じがします。」  やがて旅人は、言葉を探すように、ゆっくりと答えた。 「私が見てきた他の「機械」達は、まるで年老いた樹のように、眠るようにそこに在る のが多かったですから。」




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