旅 人
小さな手が、「機械」へと繋がる、白と黒の信号を送る。
まるで、暗闇の中で、手探りで何かを探すように。
だが、いくら鍵盤を押しても、その信号はついえて届かず、「機械」は音を奏でるこ
とはなかった。
やがて、オルガン弾きの少年は、ふぅ、と諦めたようにため息をついた。
「せっかく遠くから来てくれたのに、ごめんね。」
鍵盤に乗せた手を止めたまま、振り向いて旅人に申し訳なさそうに呟く。
「ふたりの気分がうまく合わないと、うまく音が弾けないんだ。」
「そんな、気にしないでください。」
若い旅人は、幼い弾き手をなぐさめるように、不器用そうに少し微笑んだ。
「この精巧な、音を奏でる機械を見れただけで、充分満足ですから。」
時が降って、優しく深みのある褐色を帯びた、木と合成樹脂で作られた「機械」。
その大きな箱からは、外からの風を取りこんで呼吸をするための、真鍮製の管が何本
か突き出している。
そして、オルガン弾きの少年の向かう操作盤には、微かにクリーム色に和らいだ、白
の象牙の鍵盤と、褪せない深みを持つ黒の鍵盤が並ぶ。
白が三つに黒二つ、白が四つに黒三つと、規則的な旋律を繰り返して。
個々の鍵盤からは細い金属の管が伸びていて、音を奏でるために歯車やぜんまいで精
巧に編まれた、複雑な機構へと繋がっているのが見える。
「ねえ、こいつのこと、どう思う?」
操作盤の前に座って、旅人の方を振り向いたままで、オルガン弾きは尋ねる。
「そうですね……。」
長い時を越えて佇む、音を奏でる「機械」を見つめたまま、若い旅人は首を傾げる。
「とても古い「機械」なのに、何だか、若くて、生き生きとしている感じがします。」
やがて旅人は、言葉を探すように、ゆっくりと答えた。
「私が見てきた他の「機械」達は、まるで年老いた樹のように、眠るようにそこに在る
のが多かったですから。」
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