さらさらと、夜をつれてくる夏の夕風が、翠色の屋根を揺らして吹きぬけてゆく。
街外れにひとり立つ、黒褐色の乾いた幹の、大きな常緑樹。
護るように広がるその翠のドームの下で、「機械」は幾つもの夜を過ごして、今もそ
こに在る。
「他の「機械」も見たことがあるんだ。ねえ、そのおはなし、僕に話してよ。」
オルガン弾きの少年は、目を輝かせて旅人に話をせがむ。子供というものは、たいて
い旅人の話が好きなものだったが、オルガン弾きの少年にとっても例外ではなかった。
「……私は、話をするのが得意ではないのです。」
だが、若い旅人は、少し困ったようにそう応える。
「ふうん、珍しいね。旅人さんって言えば、たいてい街角で子供達に夢や旅のおはなし
をしてるのに。」
ふわりと、薄い紫の空へと吹いて行く風。
昼間の熱気を夕空に溶かしてゆくその風が、旅人の胸のペンダントを、軽く揺らせた。
「……あるいは、私は旅人ではなくて、旅人に話をせがむ子供なのかもしれません。」
そっと、水色の金属のペンダントを手で押さえながら、微かに呟いた。
「面白いね。ねえ、じゃあ代わりにそのことをはなしてよ。」
耳ざとくその呟きを聞いた少年は、今度は悪戯っぽく笑って提案する。
「もしかしたら、そのおはなしを聴いたら、何か弾けるようになるかもしれない。」
暫く考えたあと、若い旅人は諦めたように応えた。
「じゃあ「機械」を見せて頂いたお礼に。ただし、面白くなくても知りませんからね。」
*
私が、「機械技師」と名乗る旅人に会ったのは、ちょうどあなたくらいの歳の時でした。
そして、その日以来、私は旅を続けているのです。
彼女と同じように、見知らぬ国に残っている、「機械」を訪ねながら。
|