そら とぶ ゆめ Act.2  旅 人 / page2


 さらさらと、夜をつれてくる夏の夕風が、翠色の屋根を揺らして吹きぬけてゆく。  街外れにひとり立つ、黒褐色の乾いた幹の、大きな常緑樹。  護るように広がるその翠のドームの下で、「機械」は幾つもの夜を過ごして、今もそ こに在る。 「他の「機械」も見たことがあるんだ。ねえ、そのおはなし、僕に話してよ。」  オルガン弾きの少年は、目を輝かせて旅人に話をせがむ。子供というものは、たいて い旅人の話が好きなものだったが、オルガン弾きの少年にとっても例外ではなかった。 「……私は、話をするのが得意ではないのです。」  だが、若い旅人は、少し困ったようにそう応える。 「ふうん、珍しいね。旅人さんって言えば、たいてい街角で子供達に夢や旅のおはなし をしてるのに。」  ふわりと、薄い紫の空へと吹いて行く風。  昼間の熱気を夕空に溶かしてゆくその風が、旅人の胸のペンダントを、軽く揺らせた。 「……あるいは、私は旅人ではなくて、旅人に話をせがむ子供なのかもしれません。」  そっと、水色の金属のペンダントを手で押さえながら、微かに呟いた。 「面白いね。ねえ、じゃあ代わりにそのことをはなしてよ。」  耳ざとくその呟きを聞いた少年は、今度は悪戯っぽく笑って提案する。 「もしかしたら、そのおはなしを聴いたら、何か弾けるようになるかもしれない。」  暫く考えたあと、若い旅人は諦めたように応えた。 「じゃあ「機械」を見せて頂いたお礼に。ただし、面白くなくても知りませんからね。」     *  私が、「機械技師」と名乗る旅人に会ったのは、ちょうどあなたくらいの歳の時でした。  そして、その日以来、私は旅を続けているのです。  彼女と同じように、見知らぬ国に残っている、「機械」を訪ねながら。




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