子供の足で行くには少し遠い、村のはずれに広がる、ささやかな草原。
その草原に、ひとり立つ大きな楡の樹。
そこは、幼い私の、一番のお気に入りの場所でした。
ここまでくれば、誰にも邪魔されずに本を読んだり、まどろんだりできたから。
そして、楡の樹のもとに、大切な私の友達が、いつもいたから。
その日も、私は木陰の涼しさに誘われて、いつの間にかまどろんでしまっていました。
この場所で眠ってしまった時に限って現れる、夢を見ながら。
それは、空を飛ぶ夢でした。
夜風を鋭く切る真白い大きな翼の下に、どこまでも、どこまでも広がる、草原。
日の輝きの下では大地を一面の若草色に染める草々も、今は淡く蒼い月明かりを浴び
て、微かな銀色を帯びていました。
軽やかな風がさらさらと走りぬけて、草達を果てへと誘う波のように揺らせてゆきます。
その満ち引きにつれて、ちらちらと草に映る、幾つもの月の輝きの破片は、まるで空
を行くものを導く灯りのようでした。
その灯火を見下ろしながら、私は翼を広げて、何処かへと飛んでいるのです。
私には、幼い頃に空を飛んでいたはずの記憶は残っていなかったし、この頃には、も
う一度空を飛びたいと思うこともありませんでした。
それなのにこのお気に入りの場所で、友達の傍らで眠ると、想い出すように、空を飛
ぶ夢を見ることが多かったのです。
*
「ちょっと待って、もう一度空を飛びたいって……空を飛んだことが、あるの?」
オルガン弾きの少年は、思わず若い旅人の話をさえぎって、尋ねた。
「……私は、翼を持つ民の生まれだったのです。もう、憶えてはいないのですが。」
若い旅人は、穏やかな表情のままで、応える。
「ある雨の夜に、翼を傷つけられて墜ちていた私を、村の人が助けてくれたのです。」
「ねえ、今は? 空を飛んで旅をしてるの?」
黒く円い瞳を、憧れの色で微かに輝かせて、重ねるように問い掛ける。
「……傷ついた右の翼は、今でも、動かないままなのです。」
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