そら とぶ ゆめ Act.2  旅 人 / page4


「……ごめんなさい。でも、それでも、何だかうらやましくて……。」 「いいんですよ。私は逆に、不思議とあまり飛びたいとは思わないのです。」  表情を変えずに、淡々と少年に応える、旅人。 「ずっと? 今でも?」 「一度だけ、空を飛びたいと心から思ったことがありました。そのことは、これからお 話しましょう。」     *  そうして、私は夢の中で、月明かりの銀の草原を、ひとりで飛び続けていたのです。  ここまでは、楡の樹の木陰で眠る時によく見る、いつもの夢と同じでした。  ところが、不意にいつもの夢では見たことのないものが現れたのです。  それは、突然霞のように広がり、群青の夜天へ灰色を溶かしてゆく、薄い雲でした。    その微かな灰色は、瞬く間に夜空を天幕のように低く覆ってゆきました。  ただ、その幾重もの雲のシーツの影に、形を切り取られながらも、月はおぼろな銀の 光を変わらずに投げかけているのでした。  やがて、雨が降りはじめました。  はじめは、ぽつり、ぽつりと数滴ずつ。  その僅かな滴が、薄翠色の大地に墜ちる度に響く、静かな音。  その響きは、またいくつもの滴を呼び、やがて空と大地は雨音の音楽に包まれました。  それでも、音楽から切り取られたように、ひとりでぼんやりと輝いている月を見上げ て、私は思いました。    まるで、月が涙を流しているみたいだと。  右の翼が、不意に動かなくなったのはその時でした。  浮力を失って、まるで矢に射抜かれた鳥のように、私は大地へと墜ちてゆきました。  雨音の響きに呼ばれて、私も一粒の、月の涙になって。  滴となった私の身体は、不思議と静かな気持ちで、加速度を増してゆきます。  翼に痛みは感じず、墜ちることへの恐怖も感じません。    ただ、何かを両手で抱きしめていた記憶が、今も微かに残っているのです。  何処かに忘れてしまった、大切な、想いを。  そして、ついに大地へと着こうかという、その時でした。 「こんにちは。」  突然、私を眠りから引き起こす、高く柔らかな声。 「ごめんなさいね。お友達が、もう起こしてあげて、って私に伝えたから。」




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