「……ごめんなさい。でも、それでも、何だかうらやましくて……。」
「いいんですよ。私は逆に、不思議とあまり飛びたいとは思わないのです。」
表情を変えずに、淡々と少年に応える、旅人。
「ずっと? 今でも?」
「一度だけ、空を飛びたいと心から思ったことがありました。そのことは、これからお
話しましょう。」
*
そうして、私は夢の中で、月明かりの銀の草原を、ひとりで飛び続けていたのです。
ここまでは、楡の樹の木陰で眠る時によく見る、いつもの夢と同じでした。
ところが、不意にいつもの夢では見たことのないものが現れたのです。
それは、突然霞のように広がり、群青の夜天へ灰色を溶かしてゆく、薄い雲でした。
その微かな灰色は、瞬く間に夜空を天幕のように低く覆ってゆきました。
ただ、その幾重もの雲のシーツの影に、形を切り取られながらも、月はおぼろな銀の
光を変わらずに投げかけているのでした。
やがて、雨が降りはじめました。
はじめは、ぽつり、ぽつりと数滴ずつ。
その僅かな滴が、薄翠色の大地に墜ちる度に響く、静かな音。
その響きは、またいくつもの滴を呼び、やがて空と大地は雨音の音楽に包まれました。
それでも、音楽から切り取られたように、ひとりでぼんやりと輝いている月を見上げ
て、私は思いました。
まるで、月が涙を流しているみたいだと。
右の翼が、不意に動かなくなったのはその時でした。
浮力を失って、まるで矢に射抜かれた鳥のように、私は大地へと墜ちてゆきました。
雨音の響きに呼ばれて、私も一粒の、月の涙になって。
滴となった私の身体は、不思議と静かな気持ちで、加速度を増してゆきます。
翼に痛みは感じず、墜ちることへの恐怖も感じません。
ただ、何かを両手で抱きしめていた記憶が、今も微かに残っているのです。
何処かに忘れてしまった、大切な、想いを。
そして、ついに大地へと着こうかという、その時でした。
「こんにちは。」
突然、私を眠りから引き起こす、高く柔らかな声。
「ごめんなさいね。お友達が、もう起こしてあげて、って私に伝えたから。」
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