「え……?」
私は、まだ残っている落下の感覚にとまどいながら、無意識に、樹の方を振り向きました。
楡の樹の根元で、私の友達はいつも通りの姿で佇んでいました。
私が目覚めたのに気づいたように、時折、透明な硝子でできた双つの瞳を、サファイ
アの原石のような優しい蒼色に明滅させて。
そう、お気に入りのこの場所に、いつもいた私の友達は、「機械」だったのです。
永い時を経た、色褪せた古い真鍮や銅で創られて、人のかたちをした。
そして、私が村からずっと歩いて、この樹に来るといつも、その硝子の瞳を輝かせて
迎えてくました。
たいていは、優しい朝の空のような、蒼色で。
時には、楡の葉の翠色で、暖かい橙の灯りの色で。
その硝子の瞳に迎えられると、何だか護られているような気持ちになるのでした。
だから、私は村の学校が終わると、遠く楡の樹の草原まで来て、いつも日が暮れるま
で、ひとりでここにいたのです。
空を飛ぶ夢と、草原の現実の境目で、暫くの間ふたつの蒼を見つめていた私の背後
で、春の風のようにふわりと、立ちあがる気配がしました。
ようやく我に帰った私が振り返ると、一人の女の人が立っていました。
さらりと細い、肩まで伸びた栗色の髪を、そろそろ夕方を呼びはじめた風に軽くなび
かせて。
「何か、ご用でしょうか?」
私は、幾分大人びた、淡々とした口調で、女の人に問いかけました。
もともと、感情が淡白な子供だった上に、この草原での大切な一人の時間を邪魔され
るのは、あまり好きではなかったのです。
「この子に逢うために、ここまで来たの。」
だけど、女の人は、ふわりと笑ってこたえるのでした。
冷たく聞こえる、私の言葉の響きも気に留めずに。
「だけど、あなたが傍で眠ってたから、暫く座って待ってた。」
女の人は、私よりも少し年上で、成人する少し前くらいの年齢に見えました。
でも、話し方や表情に、不思議な空気を纏っていたのを、今でも憶えています。
なんだか、私よいずっと幼いような、それでいて、ずっと時間を経ているような。
「そうしたら、この子のうたが聴こえてきたの。」
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