そら とぶ ゆめ Act.2  旅 人 / page5


「え……?」  私は、まだ残っている落下の感覚にとまどいながら、無意識に、樹の方を振り向きました。  楡の樹の根元で、私の友達はいつも通りの姿で佇んでいました。  私が目覚めたのに気づいたように、時折、透明な硝子でできた双つの瞳を、サファイ アの原石のような優しい蒼色に明滅させて。  そう、お気に入りのこの場所に、いつもいた私の友達は、「機械」だったのです。  永い時を経た、色褪せた古い真鍮や銅で創られて、人のかたちをした。  そして、私が村からずっと歩いて、この樹に来るといつも、その硝子の瞳を輝かせて 迎えてくました。  たいていは、優しい朝の空のような、蒼色で。  時には、楡の葉の翠色で、暖かい橙の灯りの色で。  その硝子の瞳に迎えられると、何だか護られているような気持ちになるのでした。  だから、私は村の学校が終わると、遠く楡の樹の草原まで来て、いつも日が暮れるま で、ひとりでここにいたのです。  空を飛ぶ夢と、草原の現実の境目で、暫くの間ふたつの蒼を見つめていた私の背後 で、春の風のようにふわりと、立ちあがる気配がしました。  ようやく我に帰った私が振り返ると、一人の女の人が立っていました。  さらりと細い、肩まで伸びた栗色の髪を、そろそろ夕方を呼びはじめた風に軽くなび かせて。 「何か、ご用でしょうか?」  私は、幾分大人びた、淡々とした口調で、女の人に問いかけました。  もともと、感情が淡白な子供だった上に、この草原での大切な一人の時間を邪魔され るのは、あまり好きではなかったのです。 「この子に逢うために、ここまで来たの。」  だけど、女の人は、ふわりと笑ってこたえるのでした。  冷たく聞こえる、私の言葉の響きも気に留めずに。 「だけど、あなたが傍で眠ってたから、暫く座って待ってた。」  女の人は、私よりも少し年上で、成人する少し前くらいの年齢に見えました。  でも、話し方や表情に、不思議な空気を纏っていたのを、今でも憶えています。  なんだか、私よいずっと幼いような、それでいて、ずっと時間を経ているような。 「そうしたら、この子のうたが聴こえてきたの。」




←Prev  →Next

ノートブックに戻る