そら とぶ ゆめ Act.4  tears (I) / page1


tears (I)  ***** Voice Recorder − 15 ***** 「敵攻撃機、本空域より離脱。お疲れさまでした、マスター。」 「……ステイション、墜ちちゃったのに? 仲間の攻撃機も、みんな、墜ちちゃったの に……?」 「それは、マスターの責ではありません。それどころか、マスターはステイションを失 いながらも、ただひとりで、この空域を護り切ったのですから。」 「みんな墜ちていったのに、そんなことに何の意味があるの……?」 「古えの『渡り鳥』とて、全てが遠い国まで飛べたわけではないでしょう。でも、まだ マスターは飛び続けています。」 「……気休めはよしてよ、『翼』。すぐに、次の攻撃隊が来る。もう、燃料だってほと んど残ってない。」 「敵機に見つからぬよう低周波通信を放ち続け、うまく付近を哨戒している味方部隊が 発見できれば、給油もできます。可能性は高くはありませんが、0ではありません。」 「静かにして……。少しくらい、自由に、好きなように飛ばせて。」 「月へと、飛ぶ気ですか……マスター? 今の私の推力では、月までは到達できません。」 「何も、言わないで、『翼』。」   「それでも飛ぶというのなら、あなたの名前を教えてください、脱出核を射出します。  ……私は、墜ちて塵になっても構いませんが、貴方を死なせる訳には、いきません。」 「黙って、『休まない翼』。」   低く飛ぶ飛行機の 黒い影に逃げながら   一人で迷い込んだ 小さな靴の 音はまだ帰らない   誰かの背中を 呼ぶことも知らないで 「……なあに、それ……?」   空を見上げた 瞳からこぼれる 君の名前を知りたい   声にならずに 消えてゆく言葉が 帰りの道を遠くする   流れる星を呼び止めて ぼくらは歌を歌えるから   明日旅する 夜明けの天使に 君の名前きっと伝えるよ 「……不思議なアクセントね。言葉だけど、言葉じゃないみたい……。何処で憶えたの?」 「マスターの名前が知りたくて、昔の記録にアクセスしていた時に見つけました。  過去のヴォイス・レコーダに残っていた、とある飛空兵の、『うた』という、ものです。」 「『うた』……?」 「過去のヴォイス・レコーダを遡って行くと、彼は、作戦が完了した後に、きまってこ の『うた』を唱えていました。」 「『瞳からこぼれる 君の名前を知りたい』……。きっと、弔いね……。」 「『うたの』言葉の意味は解析できなかったのですが、不思議と私の仮想記憶にずっと 残り続けていたのです。それで気になって、他の記録と照合してみました。」 「彼は、もとは志願兵ではなく徴収された学生だったのですが、あまたの敵機を墜とし た撃墜王でした。」 「この飛空兵も、マスターと同じように、にずっと自分の名前を教えなかったそうで す。それで、通常は有り得ないことなのですが、攻撃機の方が、彼に名前を付けて、そ の名前で呼んでいたそうです。」 「その彼は、どうなったの?」 「……空域1055での戦闘にて、消息を絶っています。機体も、その時のレコーダも 残ってはいません。」 「そう……。彼も、やっぱり墜ちていったのね……。」 「でも、マスターは彼とは決定的に異なる点がひとつあります。」 「何が違うというの……?」 「貴方は自分の名前を教えなかった代わりに、私に『休まない翼』という名前を与えて くれました。」 「ただの演算装置だったはずの私は、その日を境に変わってしまいました。……空を、 飛びたい、と思考するようになったのです。」 「マスターが月を見たいから飛びつづけるように、私は、マスターという『小さな月』 がいる限り、空を飛び続けたいのです。」 「『翼』……。」 「今の私では、月まで飛ぶことはできません。でも、戦争が終わって推力技術が進歩す れば、何時かは月まで飛べるようになるかもしれない。」 「だから、まだ諦めないで、私と一緒に空を飛び続けてください。ずっと、ずっと。私 は、貴方と月まで飛びたい。」 「お願いします。……リトル・ルナ。」 「……リトル・ルナって、私のこと? 『翼』、私に名前を付けてくれると、言うの……?」 「……私にも、わかりません……。」 「答えて、『翼』。」 「……演算不能、です。ただ……私にとって、貴方はかけがえのない、『小さな月』、 なのだと、推測します……。」 「……私が、どうして月が見たくて空を飛んでいるのか、教えてあげようか、『翼』……。」 「月はもうひとつの世界へと繋がる、鏡の扉、なんだって。子供の頃、おじいちゃん に、聞いた。」 「ねえ、どうしてこの世界では、墜とし合わなくてはいけないの。どうして、自由に空 を飛ぶことができないの?」 「たった今、墜ちていったみんなだって、本当はもっと空を飛び続けたかったはずのに。」 「だからね、前言ったことは冗談じゃないの。私、本当に月まで飛びたいと想ってる。 多分、この世界から逃げたくて。」 「マスター……。」 「マスターじゃなくて、ルナの方が、嬉しい。」 「……はい、リトル・ルナ。」 「ありがとう、『休まない翼』。ねえ、ひとつだけ約束して。」 「決して私をひとりにはしないで。手を、離さないで。この月の通信片から、ずっと呼 びかけて。」 「空を飛ぶことは好きだけど、ひとりで飛び続けるのは、怖い……。」 「……必ず、私が貴方を護ります。『休まない翼』の名にかけて、ひとりには、しません。」 「……『翼』、全周波帯域に通信開いて! 敵軍に傍受されても構わない。」 「了解、『リトル・ルナ』!」 「こちら空域920、ステイション陥落するも、なお防衛ミッション続行中。付近の哨 戒部隊は至急空中給油機の支援を!」 「敵軍に告ぐ。この空域は、必ず私が護り抜く。リトル・ルナ、『小さな月』の名にか けて!」 「逃げ回るよりは、真正面から戦って待つ方が、生き残れる可能性はたぶん高い。さ あ、覚悟決めてね、『休まない翼』。」 「了解です、ルナ。」 「最後に、もうひとつ教えて。彼は、自分の機体にどんな名前を付けてもらったの?」 「彼は、誰よりも速く空を駆け、あたかも空気の流れを読むかのように、敵機の動きを 捉えたそうです。そこから、こう呼ばれました。」 「『風読み』、と。」  *** End of Voice Recorder − 15 ***       *




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