飛行夢(そらとぶゆめ)
舞い降りた雪が創った、凛と冴え渡った夜の静寂を切り裂いて響いた、悲痛な、叫び。
それは、浜辺の岩影で、一夜限りの雪夜に浅き眠りに就いていた旅人の、両の耳に聴
こえたのでは、なく。
眠りを護る護符のように首にかかった、淡い水色の月のかたちの『機械』を通じて、
心に直接、届いた。
突然の叫びに、旅人は驚いてその身をくるんでいた毛布を跳ね上げ、周りを見回す。
だが、まだ霞がかかったような視界に映るのは、一面の真白に変転した大地と、変わ
らないままその営みを繰り返す、海だけだった。
(疲労のあまりに、幻聴を聴いたのか……?)
声に出さずにそう呟いてはみるものの、心の奥ではその呟きをはっきりと否定してい
る自分がいることに、旅人は気づく。
そっと、冷えた指先で水色の月に触れてみるも、もう、小さな『機械』は何の言葉
も、届けてはこなかった。
樹々の葉が落ち、数多の植物や動物達が永い眠りに就く乾いた冬の間は、世界を歩く
旅人達も、ほとんどは見知らぬ街や村にその根を下ろす。
そうして、暖かい灯のもとに寄り添って、やがて来る春を待つ人々に混じって、静か
に冬をやり過ごす。
たいていは、その間に街や村の細々とした仕事に就いて、来たるべき新しい旅への路
銀を蓄える。
宿の暖炉のまわりや、小さな酒場や食堂の隅で、人々や子供達に見知らぬ土地のこと
や、不思議なおはなしを語るのも、また旅人の役目だった。
だが、この若い旅人は、冬の始めに『月帽子織物店』を発ってからは、ずっと海沿い
に、休む間も惜しんでずっと旅路を急いできた。
何故なら、彼女が、『機械技師』が、旅人のすぐ先を歩んでいたから。
女の子がくれた蒼い星空の織物のおかげもあってか、『機械技師』が世界に残した、
微かな足跡を確実に捉えていた。
途中で寄る村々で、彼女の噂話を耳にした。娘一人で、不思議な箱を携えて『機械』
に逢いに旅を続ける、彼女のことを。
|